身体能力

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さて、私が監督を務める香港女子代表アイスホッケーチームは、約一ヶ月前から陸上トレーニングを開始し、先週から氷上練習も始まりました。代表チームといっても世界最弱のレベルですので、ほとんどが大人になってからスケートを始めた女性ばかりで、平均年齢も30歳を超えます。当然週5日ホッケーをやるような環境ではありませんので、全員学生や仕事をしながら余暇にホッケーを楽しんでいる、普通の女性たちです。そんな彼女たちが、元中国代表チームの主力だったアシスタントコーチの指導の下、始めて本格的な陸トレをしたのですから大変です。初日の陸トレの翌日は、全員歩くのも大変なほどの筋肉痛になったとか(笑)

私は競技ホッケーチームの定義として、

  1. 選抜もしくは推薦されたプレーヤーだけが、
  2. 専門的知識と資格を持つコーチの指導のもと、
  3. 陸トレやビデオミーティングなど、氷上外でのトレーニングも行なうチーム。

を掲げています。例えば、

「初心者大歓迎!目指すは全日本大会出場!」

というチームは、初心者の入部テストと専任コーチ、さらに陸上トレーニング等が無い限りは、どんなに上手い人が居て、全日本大会を目指していても、レクリエーションレベルということになります。そして、香港ではこの3つを兼ね備えたチームは過去に存在しなかったわけですから、今年は香港の競技ホッケー元年と言えるでしょう。

特に初心者に近いレベルのチームの陸上トレーニングを見ていると、ホッケーのパフォーマンスと、陸上での身体能力(俗に言う運動神経とほぼ同義です)が、非常に密接に関連しているということが分かります。つまり、全体的な身体能力が高いプレーヤーは、氷上でのパフォーマンスが高く、また同じ時期に始めたプレーヤーより圧倒的に早く上手くなります。これは、サッカー、バスケなどの球技をやっていたプレーヤーが、同じようなチームプレーのセンスがある、という直接の関連性だけでなく、陸上部の選手はほとんど例外なく足が速い、など全般に及びます。様々な競技を経験しているほど、その競技レベルが高いほど、ホッケープレーヤーとしてのポテンシャルも高いのが普通です。

例えば、私が見てきた中で、大学からスケート/ホッケーを始めて、非常に高いレベルに達した選手たちの多くは、過去に他の競技でも全国レベルかそれに近い成績を残していました。これは大人からはじめたホッケー選手に限ったことではなく、少年ホッケーの世界でも、ホッケー以外の競技で好成績を残している子供は、ホッケーでも高いパフォーマンスを発揮します。

パワースケーティングの権威の一人、Barry Karn氏は、

「NHLレベルであっても、陸上の40mダッシュの記録を、氷上の40mダッシュで上回ることができるのは、ほんの数パーセントの選手だけである」

という衝撃的なデータを得て「実は従来のスケーティングは〔滑る〕というスケートの特性を生かしきってない」ということに気づき、スケーティングメカニズムの改革に乗り出しました。しかし、このデータは同時に、

「陸上でダッシュできるスピードが、氷上のダッシュのスピードをほぼ決定する」

ことを示唆しており、陸上での身体能力が、氷上での身体能力を決定的に左右するという一例です。

北米ではシーズンスポーツ制の伝統があり、今でもユースホッケーの正式なホッケーシーズンは8月半ばに始まり3月末、 遅くても4月半ばまでには終了します。今でも多くの子供たちはオフシーズンに他のスポーツ競技チームに所属し、ホッケーシーズン中であってもフットボール等と掛け持ちすることは珍しくありません。そして複数競技で優秀な選手は高校卒業あたりを目処に種目を絞り、大学推薦を狙うのが普通です。私の教え子の中にも、ホッケーとラクロス、野球とホッケー、ソフトボールとホッケーなど掛け持ちした結果、大学にはホッケー以外の種目で進学した例がありました。その子たちは決してホッケーのレベルが低かったわけではなく、AAAチームでプレーして、ジュニアリーグのドラフトにまでかかったけれど、よりチャンスが大きい、大学のレベルが高い、などの理由で他の種目を選んだに過ぎません。さらに大学進学後も競技スポーツを(ときには全国、国際的なレベルで)掛け持ちして、プロになってまで二足の草鞋という例も、少なからずあります。

逆にホッケー一筋で、一年中ホッケーに明け暮れ、6歳から専門的な陸トレに取り組んできた!みたいなスーパー小学生が、意外に伸び止まってしまったり、早々とエリート路線から脱落してしまうことも少なくありません。これは日本に限った現象ではなく、王国カナダでも近年問題にされています。

Edmonton Journalの記事

ホッケーは高度な技術が必要とされる競技ですから、早期の専門化がある程度求められることは理解できますが、逆にホッケーに必要な身体能力は多岐に富んでおり、ホッケー以外の様々なスポーツを通して基礎的な身体能力を身につけるのが上達の近道でもあります。また、一年中常に競技ホッケーのトレーニングと試合を続けることによって、身も心も消耗してしまうバーンアウトの危険性も指摘されています。夏が終わり、「ホッケーがしたい!待ち遠しい!」と思って練習を始める方が、だらだらと一年中ホッケーを続けるよりも、はるかに集中して練習できるでしょう。

そもそもオフシーズンにはアイスタイムが確保しにくいのですから、思い切って氷から離れ、他のスポーツに取り組む方が、心身ともに健全な発達が望めるということです。

と、言いながら、私もオフシーズンにキャンプやレッスンを行なってきましたが、オフシーズンに、通常の練習と試合のサイクルを離れて、普段時間を掛けて行なうことができないようなスキルの練習等に取り組むことは、それはそれで意味があります。例えばゴーリーはシーズン中に本格的なスタイルの改造に取り組むことは難しいので、オフシーズンのキャンプなどは効果的です。それでも、やはりホッケー以外のスポーツに取り組むことは重要であり、ホッケー選手になる前にまず良いアスリートを目指すべきでしょう。そして、学校の勉強や社会活動もオフシーズンにしっかりと補うべきでしょう。

日本のスポーツ界には「一筋の美学」とでも言える、とにかく一つのことに専心することが成功への条件、という思想が根強くありますが、必ずしも有効な考えではなく、過度の専心は子供の可能性を摘んでしまう危険性もあります。ホッケープレーヤーになる前に、優れたアスリートになること こそが成功の秘訣です。

また、どんなにホッケーが好きな子供でも、将来ホッケー選手になることが決定しているわけではなく、むしろ他のスポーツや、音楽や、勉強や、社会活動に目覚めていくのが大半です。親も指導者も、ホッケーは、子供たちにとって数ある可能性の一つであり、最終的には人生を豊かにしてくれる人間活動一つに過ぎない、ということを忘れず、バランスの取れた人間性を育てることが出来るように関わっていきたいですね。

それでは。