世界の女子アイスホッケー (1) アメリカ編

”Hockey is Canada, Canada is hockey!”

「(アイス)ホッケーと言えばカナダ、カナダと言えばホッケー!」

なんていう標語があるくらいですが、女子(アイス)ホッケーと言えば、誰が何と言おうとそれは「アメリカ」なのです。

女子ホッケーの歴史上、オリンピック、世界選手権、U18世界選手権の全ての大会で、これまで優勝したことがあるのはカナダとアメリカのみ、他に決勝進出を果たしたことがあるのはトリノオリンピックでのスウェーデンだけ、、、というくらい圧倒的な実力を誇る両大国。もちろん男子ホッケー同様カナダはタレントの宝庫であり、数々のスーパースターを生み出しています。しかし、女子ホッケーの世界最強リーグは今も昔もNCAA Division 1(アメリカ大学ホッケー1部リーグ)であることは疑いようのない事実であり、今では世界中の代表選手が集う「女子ホッケーのNHL」となっています。

NCAA D1がどのくらい凄いかというと、全てのチームはプロのコーチ(最低3人)が指導しており、その他用具係、トレーナー、メンタルトレーナー、チームドクター、栄養士などなどプロチーム同様のスタッフが常駐。防具は基本的に大学から支給、シーズン中はほぼ毎日練習、毎週末試合、遠征の旅費その他、活動費は全部タダ!さらに優秀な選手は奨学金で学費が全額~一部免除、雑費用のお小遣いまでもらえる人も居ます。当然男子ホッケー同様立派なアリーナで練習、試合が行われ、アリーナには女子チーム専用でプロ並みのロッカールームが付いてます。ちなみに女子D1の最強チームの一つであるミネソタ大学には、、、3,400人収容の女子専用アリーナがあります。ここ、昨年行きましたが、はっきり言ってアジアリーグが可哀想になるくらいの素晴らしいアリーナでした。

当然のことながらNCAA D1は、学業の方でも有名な大学ばかりで、学費もとんでもなく高いので、例えばハーバードで奨学金貰って最高の環境でホッケーできるって言われたら(注:ハーバードのようにアイビーリーグの大学に限ってはD1でもスポーツ奨学金は出ません。しかし学業成績が良ければ奨学金が出ます)、そりゃ親は必死になってホッケーと勉強の両立を目指させるでしょう。そんなわけで、アメリカの女子ホッケーからは、ハーバード大卒、オリンピック2回出場、現在ボストン大法科大学院で学びながらCWHL(後述:カナダのセミプロリーグ)でプレーするみたいな人材がどんどん生まれます。この事実だけでもアメリカ女子ホッケーの人材力のすごさが分かります。ちなみにホッケーでD1の下の2部に当たるD3の競技環境でもかなりのもので、私もその昔D3の大学女子チームで教えてましたが、専用リンク・ロッカールームは当たり前、コーチも(ヘッドコーチだけですが)フルタイムでした。

他の国々では男子プロホッケーですら実現し得ないような競技環境ですが、実はアメリカでは女子ホッケーに限らず、女子サッカーも女子バスケも、すべてのNCAAスポーツが「男子と同様の環境を持つことが出来る」いや、「男子と同様の環境を持たなければならない」とする「タイトル9」という法律の下に整備された結果、女子スポーツが世界一盛んになりました。

“No person in the United States shall, on the basis of sex, be excluded from participation in, be denied the benefits of, or be subjected to discrimination under any education program or activity receiving federal financial assistance”
– Title IX

このように、タイトル9は「公金の補助を受けている教育機関においては、男女が性別によって差別されず等しく同じ環境で教育を受けられなければならない」と謳っており、例えば、体育会スポーツ参加人数は学校の男女比と等しくなければならないし、男女のスポーツにかける予算は等しくなければいけないし、女子ホッケーチームの練習時間だけが深夜や早朝になるとかは許されないし、女子ホッケーチームの監督は男子ホッケーチームの監督と同じレベルの給料を貰う権利がある、、、という解釈になります。ちなみにNCAA D1ホッケーの監督は初任給が6-8万ドル(700-900万円)くらいだとか。スゲー!

そして、大学が男女の環境を等しく整備していないと判断されると、タイトル9違反の勧告を受けます。例えばMerrimack大学のように、「ホッケーの盛んな地域でD1の男子ホッケーはあるのにD1女子ホッケーがないのはおかしい!」とされて、女子ホッケープログラムを新設することになります。

こうして世界最高の大学ホッケー環境を構築したアメリカ女子ホッケー、当然そこを目指す女子ユースホッケー/高校ホッケーは非常に盛んです。女子ユースホッケーはU12、U14、U16、U19のTier 1 (AAA) とTier II (AA) に分かれて行われており、ミネソタなどでは高校、プレップスクールでも女子ホッケーが盛んです。ユースホッケーと大学ホッケーの間を埋めるジュニアホッケーの女子リーグも近年広まりつつあります。先のタイトル9によって、男子とほぼ同数のD1チームが存在するのに、競技人口は男子約44万人で女子が6万7千人ですから、D1でプレーできる確率は女子の方がはるかに高く、その影響からかカリフォルニアなどの新興ホッケー地域からもトップ選手が多く誕生しています。

また、女子プレーヤーが男子チームに入ってプレーすることも禁じられていませんので(禁じると違法です)、通用する限りは高校でも大学でもプロでもプレーできます。この場合もちろん男子のルールに従います。さらに男子のトーナメントに女子チームがエントリーすることも珍しくありませんが、この場合はボディチェックなしのルールで行われることが多く、男の子達はブーブー文句言いながらプレーしています(笑)

というわけで、NCAA D1という世界最強の競技環境で世界をリードするアメリカ女子ホッケーですが、卒業後も一流としてプレーを続けるための競技構造はまだ確立しておらず、今のところカナダとともにCWHLというセミプロリーグを創設してエリート選手の受け皿にしています。

次回はCWHLと共に、母国カナダの女子ホッケー事情について書く予定です。

それでは。

注:ソチオリンピック関連の記事等で当ブログの内容を二次利用される場合は、事前に若林弘紀までご連絡頂くようお願いします。

ソチ・オリンピック最終予選

アイスホッケー日本女子代表が、ついに自力でオリンピック出場権を獲得し、歴史の扉を開きました。選手および関係者の皆さん、本当におめでとうございます!本戦はよりいっそう厳しい戦いになりますが、とりあえず下位グループでドイツとロシアを倒せば決勝リーグに進めるので、それは全然不可能な目標ではありません。ちなみに女子アイスホッケーは、過去のオリンピック、世界選手権、U18世界選手権すべての歴史上、優勝したことがあるのはカナダとアメリカだけという、、、かなり偏った戦力図になっております。逆に言えばその下のグループはそこまでの実力差はなく、銅メダル争いは開かれていると思います。

さて、男子では近年国際リーグEBELを引っ張り自力を上げてきたオーストリア、小国ながら旧ソ連の伝統を受け継いで安定した力を持つラトビアの他、人口約200万人、ホッケー競技人口1000人以下で、成人男子の登録人口が140人程度の小国スロベニアがオリンピック出場を果たすという、衝撃的な出来事がありました。

スロベニアはGDPでも世界75位と、経済的にも厳しく、NHLで活躍するアンジェ・コピターを育てたチームは昨年倒産。国内に残るプロチームはたった一つ(EBELに参戦)です。

今回の代表チームは、その唯一のプロチーム中心に選出、、、と思いきや、国内チーム所属はたった二人で、その他はすべて国外リーグでプレーする選手から選ばれました。しかも国外組はスウェーデン、ドイツの上から二番目のリーグ、フランス、デンマーク、クロアチア、ウクライナ、イタリアなど、ヨーロッパ中堅クラスで、おそらく日本代表クラスの選手なら十分戦っていけるレベルのリーグでプレーしているに過ぎません。その寄せ集めチームが、監督・コピター父の指揮の下、おそらくほとんど強化合宿なんて組めないままオリンピックに辿り着くとは、、、それだけでもとんでもない偉業です。

サッカー日本代表などでも話題になることですが、国外組中心の代表編成は、個々に能力が高い選手を集めることは出来ても、チームとして集まって強化することが難しく、賛否両論です。しかしある程度の強国であれば、国外リーグでプレーする選手が多いのは当然で、それをどうやって組み合わせて強化するかというマネージメント能力というか戦略は必須です。

一方国外組のアドバンテージとして、国外組の何人かが最終予選で当たる国々のリーグでプレーしていたり、所属リーグに対戦相手の国々の選手が居る場合、相手国の選手の特徴を、実戦前にすでに十分スカウティングされていることが考えられます。今回のスロベニアチームにも、対戦国であるウクライナ、デンマークでプレーしている選手が含まれるので、それに近い環境ではあったと思います。

もちろん国内に十分整った競技構造があり、多くの選手が国内に留まってプレーしている場合や、個々の国際経験よりもチームワークを重視している場合は、国内で少数精鋭の強化を繰り返すことも立派な方法論であり、古くは旧ソ連の男子、少し前の中国の女子チーム、そして今回の日本女子代表チームの成功でも証明されています。

世界最高峰を決める舞台となるオリンピックで、カナダ、ロシアなどのホッケー大国が繰り広げる戦いも楽しみですが、こうして予選から勝ち上がってきたホッケー小国や中堅国が、大国相手にどんな戦いを見せるかも楽しみですね。あと一年か~!

それでは。