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GOOD JOB, USA!

バンクーバーオリンピック、男子アイスホッケー決勝、いやはや、本当にすごい試合でしたね!
まさに手に汗握る大熱戦の末、ホッケーの母国カナダが、ホームで、延長で、しかもスーパースターのクロスビーの得点で優勝という、これ以上にない劇的な幕切れ!

私はオリンピックで特にどの国を応援しているというわけではなかったのですが、特に決勝トーナメントに入ってからは非常に質の高いホッケーが展開されていたので、大いに楽しませてもらいました。

予選ラウンドでアメリカにまさかの完敗を喫したのを機に、史上最高のゴーリーの一人であるブロデューアを先発から外し、新世代のスターゴーリーであるルオンゴに切り替える英断で一気に調子を上げたカナダ、やはり強かったですね。クロスビーを中心とする攻撃陣に注目が集まりがちでしたが、とにかく守りが固くて決勝トーナメントでは殆ど相手に付け入る隙を与えない完勝の連続でした。王国健在を世に知らしめた素晴らしい勝利だったと思います。

一方、全員NHL選手を揃えているとはいえ、スーパースター級の選手が少なく下馬評では優勝候補にあげられていなかったアメリカですが、GMブライアン・バークとヘッドコーチのロン・ウィルソンというアメリカホッケー界が誇る知将たちに率いられて若手選手を中心としてハードワークとGKミラーの神がかった守りで、王国をあと一歩のところまで追い詰めました。アメリカでは一部の地域を除いてホッケーはそれほど人気がなく、NFL、MLB、NBAに大きく水を開けられていますが、この快進撃でテレビでも連日ホッケーが話題に上がるようになったので、この先のホッケー界発展の起爆剤になる歴史的な銀メダルだと言えると思います。

実はアメリカホッケーがここに至る過程は平坦ではありませんでした。アメリカはカナダに続く競技人口を誇りながらも、1980年の「ミラクル」の金メダル以来国際的な舞台では浮き沈みが激しく、1996年のワールドカップの優勝、2002年のオリンピックでの銀メダルの狭間の年はかなり厳しい結果が続いていました。

NHL選手を多数擁しながらトップクラスで安定した実力を発揮出来ない状況を脱するために、USA
Hockeyは1996年に一大プロジェクトを発足させました。それがNational Team Development
Program(以下NTDP)です。NTDPはU17とU18のトップクラスのタレントを国中からスカウトして集め、いわばU17とU18の通年代表チームを編成し(全員が実際の代表に選ばれるわけではありません)、ミシガン州の施設でトレーニング(もちろん高校にも通います)を行うという試みです。

U17、U18の各チームはアメリカのジュニアリーグであるUSHLとNAHLに参戦しながらNCAAのD1、D3の大学チームと戦い、さらに国際トーナメントにも参戦します。そしてそのプログラムの理念には「短期的な勝ち負けではなく、育成を優先する」と明確に書かれています。

NTDPの成果は着実に実を結び、2002、2005、2006、2009にはU18世界選手権で優勝。1999年に始まったU18世界選手権で他に優勝している国はフィンランド、ロシア、カナダが各2回ずつですから、U18世代では完全に世界のトップに君臨し続けていることが分かります。

この結果はU20世界選手権にも反映され、2004年に初優勝、そして今年も優勝しています。

NTDPは世界最高峰のリーグNHLにも大量の人材を送り込んでおり、これまでに166人がドラフトされ、そのうち33人が1巡目で指名されています。

今回の銀メダルチームでも23人中8人がNTDP出身で、Zach PariseやPatrick Kane、Ryan Kesler、Erik
Johnson、Jack Johnsonなど、まさに主力中の主力となってアメリカを銀メダルに牽引しています。

さすがはホッケー大国やることが素晴らしい!
と簡単に言うことなかれ。

厳選されたタレントを集めて、通年でエリート教育すれば強くなるというのは旧東欧諸国などで確実に証明されてきている方法論ですし、ある意味誰にでも考えられる結論です。
しかし、アメリカのU17、U18年代では高校ホッケー、プレップスクールホッケー(私学の寄宿舎制進学校)、ミジェットホッケー、ジュニアプログラムなどのカテゴリーが入り交じって育成を行ってきています。そして各プログラムは基本的にUSA Hockeyの傘下にありながらも、自らのプログラムの歴史と優位性を主張して、タレントを奪い合っています。

そこに中央集権的に通年のナショナルチーム強化プログラムを持ち込むというのは、自由の国アメリカでは大きな決断であったし、相当の反発があったと想像できます。

トップタレントを集めても、それを育てるのがトップのコーチでない限り、エリートを集団でダメにする組織にもなりかねません。なにより育成が目的と言いつつも、U18選手権の優勝など具体的結果が伴わないと、世間的にも納得してもらえないでしょう。NTDPの育成モデルは全国的にも広がりつつあり、ホッケー処ではないカリフォルニアやアリゾナからもNHLにドラフトされる選手が続々と現れています。

世界のホッケービジネスの中心から、育成の中心にも変貌しつつあるアメリカは、これだけの成果をあげながら更に育成方法の根本的改革を進めるために、新たな育成モデル Development Modelを始めようとしています。

「この調子じゃ4年後はアメリカ優勝!やっぱスゲーぜ!」となるかどうかはまったく分かりません。なぜならカナダを始め、他のホッケー大国も虎視眈々と覇権を狙って独自の強化を進めているからです。

オリンピックや世界選手権でどこかの国が優勝したり活躍する度に、

「これこそ今流行りのホッケーだ!強化のためにはこの国を参考にしないと!」

と地理の授業のようにその国のホッケーを分析してみたところで、それはその国が10年前に始めた強化計画を10年遅れで学んでいるに過ぎません。

かつて旧ソ連をホッケー大国に育てた名将アナトリ・タラソフ(娘はフィギュアの名コーチで真央ちゃんも教えてるタラソワさんです)はこう言っています...

「我々はカナダより50年遅れてホッケーを始めた。もしカナダと同じやり方をしたら、50年たっても、やっぱり50年遅れのままだ。だから我々は新しいやり方を探さなければならなかったのだ」

学ぶだけでなく、創造すること、未来を今作ること、と自分に言い聞かせつつ...