世界の女子アイスホッケー (3) ヨーロッパ編

その昔、私が筑波大学に行っていた頃、、、たまに大阪の実家に帰って来てなじみの散髪屋さんに行く度に、散髪屋のおばちゃんに、

「若林君はあれか、東京の大学行ってるんやろ?」

と、言われたものです。そしてその度に、

「いや、筑波大は茨城県やから!」

と、突っ込んでもなお、帰り際には、

「東京の暮らしは大変やと思うけど頑張りや!」

と、励まして貰ったものです。おばちゃんにとって「関東の辺りはだいたい全部東京」であったように、私たちは全ての海外事情はだいたい「向こうのこと」であり、具体的にはだいたい「欧米のこと」をイメージして語っているようです。かく言う私も、その昔、無謀にもホッケーコーチとして世界に出て勝負してみようと思いついたとき、「向こうに行けば、何とかなる。ホッケーといえばカナダだから、とりあえずカナダとか!」と、極めて単純に行き先を決めたものです。それで本当に行けてしまったのが幸運だったのか運の尽きだったのかは未だに分かりませんが、実際カナダでコーチとして仕事を始めて、実は自分は「向こうのこと」についてあまりにも知らなかったことを思い知らされました。

「カナダのホッケーは、ダンプ&チェイスでフィジカルに行って、とにかくシュート打ちまくる」

なんていうステレオタイプは、もちろん正しい場合もあるのですが、カナダは広く、地域によってもプレースタイルが異なります。さらに星の数ほど居る優秀なコーチ達はそれぞれの理想とするホッケーを掲げて日々戦っていますから、それこそコーチの数だけスタイルは存在します。それはアメリカでも同様でした。私はヨーロッパのホッケーに関しての知見はまだまだ不足していますが、少なくとも今まで訪れた国々のホッケーはそれぞれ特徴的で、簡単に「日本人に合っているのはヨーロッパスタイル」なんて標榜するのは不可能だと感じています。

世界の女子アイスホッケー (1) アメリカ編(2) カナダ編と、「さすが向こうでは女子ホッケーの環境が全然違う!日本は少ない競技人口で選手がバイトしながら、、、」と、特にアメリカ編では誰もが納得できるほど贅沢な環境を紹介しましたが、実は北米以外の「向こう」の環境は大違いです。

1990年に第1回女子アイスホッケーの世界選手権から2000年まで10年にわたり、カナダ、アメリカ、フィンランドの順位は不変でした。その間唯一の例外は、1998年に初採用となった長野オリンピックで下馬評を覆してアメリカが優勝した事件だけでした。また、4番手と5番手はスウェーデンと中国というのが定番でした。

2001年に、男子ではホッケー超大国であったロシアがついに初めて3位に食い込み、2005年にはスウェーデンが3位になり、翌年のトリノオリンピックではなんとスウェーデンが準決勝でアメリカを破り準優勝に輝き、2007年にも世界選手権で再び3位になるなど、躍進を果たしました。

その後2008-11年まではフィンランドが再浮上してスウェーデンとの3位争いを制していたのですが、昨年ついにスイスがフィンランドを破り世界3位となりました。またチェコがトップリーグに昇格して、男子と同様カナダ、アメリカ、ロシア、フィンランド、スウェーデン、チェコのビッグ6と呼ばれるホッケー超大国が女子のトップデヴィジョンに揃いました。

以上、女子ホッケーの歴史を紐解くと、プロが存在しない女子ホッケーでは、競技人口と、大学での育成環境が突出した北米二国がトップを独走し、フィンランド、スウェーデンの北欧二国が長く3位争いを続けてきたことが分かります。

フィンランド、スウェーデンの女子リーグはカナダのCWHL同様、セミプロもしくはアマチュアに近い環境であり、スポンサーからの補助で運営するものの、ホッケー漬けの生活を送れるわけではなく、給料は出ません。両リーグともに2-3名の外国人選手枠があり、NCAA D1などでプレーを終えた選手や、ヨーロッパ各国のトップ選手がプレーする場となっていますが、交通費や生活費の補助、教育や就職の斡旋などは行うものの、報酬はないようです。

北欧二カ国に続くスイス、ドイツ、ロシア、オーストリア、イタリア、イギリス、チェコなども基本的な環境は変わらず、自国の選手はアマチュアとして勉強や仕事をしながらプレーしています。外国人助っ人は交通費や生活費の補助の他、チームから紹介されたアルバイト的な仕事、例えば少年ホッケーチームの指導補助や、ホームステイ先の子守などで生計を立てられるようにしているチームもあります。さらにロシアなどで潤沢なスポンサーを持つチームは、外国人選手にそれなりの給料が支払われる場合もあるようで、この場合チームとしてはプロでなくても選手は一部プロということになります。

また、日本と共に最終予選を勝ち抜いたドイツ女子代表では、軍がスポーツをサポートする制度があり、中心選手たちは軍から給与を貰いながら競技に集中できるようです。しかし、女子トップリーグのほとんどのチームは週一回の練習しか出来ず、しかも1/3面しか使えないときもあるということですので、恵まれていない競技環境は日本の女子だけではありません。ちなみに競技人口は世界3位のフィンランドが約4,000人で、その次のスウェーデンが約3,500人、続いて日本が約2,700人ですので、北米二カ国を除けば大差ないということです。

このように、ヨーロッパの女子ホッケー全般に、潤沢なスポンサーが付き、選手がホッケーだけに専念できるような環境はほとんどなく、選手は仕事や学校に勤しみながら、週2-3回の練習と試合をこなしています。

おそらく日本と大きく違うのは女子ホッケーの競技構造がある程度確立しており、国内外でのリーグ戦が多く組まれていることでしょう。各国国内リーグでは差が付く試合もあるようですが、国際リーグであるElite Women’s Hockey League (ラトビア、オーストリア、イタリア、ハンガリーが参戦)やEuropean Women’s Champions Cup(欧州各国の国内チャンピオンチームが参戦)では接戦が多く、何よりも世界選手権やオリンピック予選に通じる国際経験を積む場として機能しています。

しかし、やはり近年ヨーロッパ各国女子ホッケー選手のトップ選手が目指すのはやはりアメリカNCAA D1もしくはD3であり、NCAAを終えた各国のトップ選手が集うのは、やはり北米のCWHLとなっています。ヨーロッパ各国のリーグは、NCAA D1の経験を持つが代表クラスとまではいかなかったアメリカ、カナダ人選手が助っ人としてやってくる場になりつつあります。この辺は男子のNHLとヨーロッパ各国リーグの図式と近くなってきていますね。

3回に渡り、私が調べた限りの世界の女子アイスホッケー事情を紹介しました。アメリカNCAA D1が世界最高の競技環境であることは明白ですが、その後の女子ホッケー選手の競技キャリアを支えていけるようなプロのリーグは世界に存在しません。ヨーロッパのリーグで助っ人して活躍する限られたプロ選手以外は、ほとんどの国の代表選手が仕事を持ち、学校に行きながらオリンピックを目指しています。

現実的に、NCAA D1のような競技環境を望むのは無理がありますが、かつての日本女子サッカーLリーグに世界のトップレベル選手が集ったように、セミプロ的でも生きていけるリーグがあれば世界のタレントが集まり、レベルの高いリーグで国内選手を育成することもできるでしょう。もちろんLリーグが消滅してなでしこリーグに生まれ変わる過程もじゅうぶん参考にする必要もありますが、そのなでしこも、結局競技レベルを上げるために再び国際化が求められています。

このまま北米圧倒的優位の時代が続くのか?それとも女子リーグのセミプロ化を成し遂げ、第三の勢力となる国が現れるのか?これもKHLあたりがスッと手を伸ばして実現しちゃいそうですが、日本も工夫次第でじゅうぶんチャンスはあると思います。オリンピック出場が決まったばかりですが、私は今後4年間の方がはるかに楽しみですね。

それでは。

注:ソチオリンピック関連の記事等で当ブログの内容を二次利用される場合は、事前に若林弘紀までご連絡頂くようお願いします。

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