世界の女子アイスホッケー (4) 中国編

アメリカ編カナダ編ヨーロッパ編と、3回に渡り世界の女子アイスホッケー事情を紹介してきましたが、それらは基本的に競技人口を増やしながら、国内リーグや国際リーグを整備し安定した競技構造を確立して競技力向上を目指すという、正統派の方法論の下強化を進める国々の話でした。そして、世界最大、最強の国々でさえ、女子アイスホッケーのプロリーグは存在せず、代表選手達は本業や学業の傍ら競技を続けていることを紹介しました。

しかし、選手・スタッフ全員が女子アイスホッケーを事実上本業として、近年まで世界のトップクラスで戦ってきた国が唯一存在します。それは中国です。

アイスホッケー中国女子代表チームは1992年に女子世界選手権に初参戦以来、2000年代初期まで世界4-6位をキープし続けて、カナダ、アメリカに続く第二グループをフィンランド、スウェーデンと共に形成してきました。1998年の長野オリンピックではアメリカ、カナダ、フィンランドに続く第4位、2002年のソルトレークシティオリンピックでは7位、その後徐々にランクを下げ始め、2006年のトリノオリンピックは出場を逃したものの、2010年には日本代表に競り勝ってバンクーバーオリンピック出場を果たしました。その後は国家の支援体制が変わり、デヴィジョン1Bまで落ちてしまいましたが、近年日本に取って代わられるまで、アジアの女子アイスホッケーを牽引してきた存在でした。

中国女子の強化方法は他の共産主義の国々と同様、少数精鋭で徹底したエリート教育を行うものでした。2012年、中国の競技人口は若干610人で、女子はたった184人です。アイスホッケーは、近年北京などの都市圏で富裕層のスポーツとして急激に発展を遂げつつあるものの、依然として競技ホッケーの中心は東北のハルピン、チチハルにあり、男女の代表選手もほぼ全員がその二都市の出身です。

中国女子代表は一昔前までは常に旧ソ連系のコーチを招き、通年で合宿を行って強化して来たと言われますが、トリノオリンピック出場を逃した辺りから北米のコーチを招いて強化体制を変化させて来ました。私はアメリカのある女子強化キャンプで、2005-06年に中国代表を率いたRyan Stoneと共に教える機会があり、彼から中国代表の貴重な内幕を聞くことが出来ました。

Ryan曰く、

「中国の女子の競技ホッケーの正式なチームはほんの数チームしかない。代表の下部組織となる体育学校を卒業した時点で、代表チームに入るかどうか振り分けられ、代表になった時点で彼女たちはホッケーが仕事になり、朝から晩まで一年中ホッケー選手としてトレーニングすることになる。休暇は1年に1週間程度しかなく、全員が合宿所で共同生活をし、トレーニングをする。代表には15歳から29歳までの選手がいるが、いわゆる学校の一般的な教育は行われず、1日2~3回の氷上練習と陸上トレーニング、ミーティングが彼女たちの仕事になる。ミーティングでは毎回の練習をノートに書き写したかどうかが厳しくチェックされる、、、」

そして、選手とスタッフが暮らす代表選手の合宿所は、、、逃げられないように外から施錠されていたとのこと、、、それを知ったRyanが焦って

「そんなことして火事でも起きたらどーするんだ?」と、責任者に訊くと

「それは、、、その時考える」

と答えたとか、、、ヒエーッ!

うーん、まさに社会主義的選手育成方法です。そりゃ少数精鋭で強くなるわけです。しかし、練習量は十分すぎるとしても、実戦経験はどうするんだと思ったら、それは中国国内の男子(高校生くらい)のトーナメントに出場したり、中国男子代表のOBチームと試合を繰り返していたようです。

さらに、Ryanが率いた年には、チームごと1ヶ月間フィンランドに遠征して、フィンランドのトップリーグのチームと転戦したとのこと。その後中心選手数人はフィンランドに留まってシーズン終了までプレーしたそうです。

さらにカナダ人のSteve Carlyleに率いられた2007-08年には代表チームはカナダ・アルバータ州に渡り、セミプロリーグWestern Women’s Hockey Leagueに参戦しました。トリノオリンピック出場を逃した後、外国人監督を招き、代表チームごと他国の最強リーグに送り込んで実戦経験を積ませるという大胆な強化策はバンクーバーオリンピックに返り咲くことで実を結びました。

しかし、先に述べたように、その後中国女子代表は低迷。男子代表も一時期は女子と同様の強化体制で日本と良い勝負をしていた時代もありますが、今や韓国にも抜き去られてしまっています。中国はサッカー女子代表も一時期世界のトップグループでしたが、その後低迷しています。共産主義的な強化体制の下では、対費用効果の高い個人競技の強化が優先されています。20人を強化してもメダル一つにしかカウントされない競技は、国際的な普及度が低く、トップグループで競り合えるうちは強化資金が出ても、他国の競技力が上がりメダルに手が届かなくなってきた時点で見切りを付けられたのかも知れません。

競技人口が少なくまともなプロリーグが存在しないマイナースポーツでは、少数精鋭で集中的に投資して強化した方が、底辺拡大して大きな競技ピラミッドを構築するよりも短期間で効果が出やすいとことは、共産主義国家のスポーツの歴史で証明されています。また、アメリカのNTDP代表育成プログラムもU17、U18の通年代表を編成しているという点では似たような方法論を取り入れており、ここでも近年抜群の効果が上がっています。

しかし、やはりある程度の普及や育成プログラム(feeder program)を作らないと、長期的な成功に導くことは難しく、国家や企業のスポンサーが手を引いてしまった時点で、その競技の発展がなくなり、終焉に向かいます。

その国の経済力や競技施設のインフラに見合った競技人口を維持し続け、効果的な育成が出来る競技構造を構築し、その頂点にはしっかりと投資して強化する、、、言うのは簡単ですが、多くの人の理解とサポートが必要であり、非常に難しい課題です。

昨年IIHFの理事会で、アジア代表の副会長として香港のThomas Wu氏が選出されました。彼のアジアのアイスホッケー発展ビジョンの中心には中国アイスホッケーの再興とビジネス化があると聞いています。また、欧米のホッケービジネスは、新たなマーケットとして中国に注目していることも間違いありません。低迷する中国女子代表が再び輝くときが訪れるのでしょうか?

それにしても中国代表選手達、一般的な教育も受けずに育って、引退後はどうなるのかと思ったら、

「男子も女子も、代表選手は引退後警察での仕事が保証されている」

とのことです、、、うーん、ホッケーが上手かった時点で将来は警察官なんですね、、、ただし近年では代表を努めた選手には奨学金を出してレベルの高い大学に進学させたり、ホッケーコーチとして香港に派遣させたりするなど、それなりの「ご褒美」も出すようになっているようです。

そして、Ryanがハルピンで代表を教えていた頃、私は日光バックスのコーチをしており、遠征でハルピンに来ていました、、、なんとその試合(対ハルピン戦)をRyanはスタンドから観ていたらしく、

「なんかねー、、、速いんだけどパスレシーブが雑で、あまり上手いホッケーではなかった」

との感想が記されていました、、、そうですか、、、スミマセン(汗)

それでは。

注:ソチオリンピック関連の記事等で当ブログの内容を二次利用される場合は、事前に若林弘紀までご連絡頂くようお願いします。

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