ハイブリッドアイシング

先のIIHF年次総会で、世界選手権とその予選に適応されることが正式に決定したハイブリッドアイシング。それは何ぞや?それによってホッケーはどう変わるのか?と、気になっている方も多いかと思います。

そもそもハイブリッドアイシングはタッチアイシングに代わり、昨年からNHLで導入されています。このタッチアイシングとは、IIHFでもその昔、私がホッケーを始めたころまで残っていたルールで、センターライン前から放り込まれてゴールラインを超えたパックでも、攻撃側のプレーヤーが先に触ればアイシングにならずプレー続行となるルールでした。ですから快速ウイングが居るチームは、アイシングを避けて攻撃続行が可能だったりしたのですが、当然守備側DFとボード際まで全力でパックを取り合うことになるので、激突事故による怪我が少なからず発生し、リスクを無くすため、現行のオートマチックアイシングが登場しました。その後アイシングをしたチームの交代が認められないようになり、防戦一方の展開で、とりあえずアイシングで難を脱する作戦が使えなくなりました。

NHLとその他いくつかの北米プロ、ジュニアリーグでは長らく(なんと1937年以来!)タッチアイシングが続いていましたが、やはりパックを争いボードに激突する事故が問題になりはじめました。しかし放り込まれたパックをめぐる攻防も北米プロホッケーの大きな魅力であったため捨てがたく、折衷案として採用されたのがハイブリッドアイシングでした。

ハイブリッドアイシングでは、ダンプインされたパックに、守備側が先に触れそうならアイシング、攻撃側が先に触れそうならプレー続行となります。判断の基準はエンドゾーンの二つのフェイスオフスポットを貫く仮想ラインをどちらのプレーヤーが先に超えそうか?で決まります。ちなみに「ほぼ同時」の場合はアイシングになります。さらに、強力に打ち込まれたパックがコーナーを回って逆サイドから出てきた場合は、「攻撃側か守備側のどちらが先に触れそうだったか?」という、これまた微妙な主観で判断されるそうです。こりゃ揉めそうですね(笑)

これは、脚が速いFWなら放り込まれたパックの争いに勝てて有利、、、かもしれませんが、、、背後からDFが迫ってるので要注意です。DFはFWにわざと先に行かせて、パックを取った瞬間にチェックすることも出来るわけですから、、、具体例はこちらのビデオで解説されていますので参考にしてください。またこのビデオも英語ですが非常に分かりやすいです。

というわけで、ルール改正に伴って、特に仕事が増える世界中のラインズマンは大変になりますし、プレーヤー、コーチも適応が求められます。なにせ仮想ラインでアイシングの判断が求められるんですから、しばらく判定で混乱もあるでしょう。

が、、、

実は新ルールよりも大事なのは、レベルに応じて新ルールを導入するかどうかという判断です。さし当たり、新ルールが導入されるのはIIHF大会に限られるわけですから、各世代の代表に直接関係するレベルの大会以外では、一年間様子を見てから導入を決めても良いのです。

例えば私が教えていたアメリカのユースホッケーでは、多くの大会で「アイシングしたチームは交代できない」というルールが適用されていませんでした。なぜなら、アイシングで逃げることを禁止することにより、点を取られるまでシフトが終わらないケースが多くなり、結果として、弱いラインを使えなくなり、最終的には子供のアイスタイムに影響するからです。

チェッキングはバンタム(13-14歳)になるまでは認められていませんし、オフサイドも、タグアップありの大会と無しの大会がありました。オーバータイムのルールもまちまち、試合時間もピリオドが20分正味になるのは基本的にジュニア(16-21歳)リーグであり、18AAAの全国大会ですら17分で行なっていました。

なぜ同じホッケーで、様々なルールが存在するのか?それは年齢やレベルに合わせてルールを導入、適用することにより、「ゲームの質」を保つため、に他なりません。「ゲームの質」とは何かと言うと、例えば、IIHFでは「6点差以上がついた試合」を「ロークオリティゲーム」と定めています。6点差以上がつく試合が頻発するようでは質の低い大会とみなされますので、日本のインカレやインターハイはロークオリティの全国大会を何十年も続けていることになります。こうしてロークオリティの大会を続けて競技力を上げることは非常に難しいでしょう。

他に「ゲームの質」を決める要素は、ペナルティの数、怪我の発生件数、チーム内でのアイスタイム格差、などが考えられます。新ルールを導入するときは、それが本当にそのレベルでゲームの質を高めるために役立つのか?を慎重に検討する必要があります。ハイブリッドアイシングの導入でオフィシャルが混乱しまくったり、パックの競り合いで怪我が増えるようであれば、それはゲームの質を高めることになっていないので、導入を遅らせて、プロや高いレベルでのハイブリッドアイシングをじゅうぶんに研究してから順次導入する、もしくは見送っても良いのです。

こうしてルール、対戦方式を変えるだけで、それぞれのレベルでホッケーの質は相当上がります。例えば同じ学生だから、社会人だから、という理由で、学生からはじめたばかりのプレーヤーがほとんどのディヴィジョンをフルチェッキングルールで行なうのは明らかに危険です。日本のホッケーでフルチェッキングを導入すべきレベルは、ごく限られていると思います。試合の質の中でも、怪我のリスクを減らすことは最重要課題の一つですから、ここは妥協すべきではありません。逆にヘルメット等の色の統一とか、その他、細かい防具の規制は、そりゃできれば良いでしょうが、現実的に試合の質への影響は少ないので、高いレベルに適用するだけでじゅうぶんです。

ちなみに香港アカデミーの運営するリーグのオフィシャル責任者に、ハイブリッドアイシングの導入について訊いてみたところ、「代表選手が所属するような、ある程度レベルが高いリーグ以外で今期から導入することはないだろう。女子リーグのレベルは高くないが、代表の多くがプレーしているので、世界選手権の準備として導入することになる」とのことでした。みなさんのプレーする大会では、どうなるでしょう?

それでは。

決定力をつけるには?追補編1

オリンピックを機会に書き始めたこの企画ですが、気づけばオリンピックも遥か昔ですね。 私が監督を務めた香港女子代表チームも、ついに世界選手権デビューとなるD2B予選で3月半ばにメキシコに行って参りました。結果、南アフリカに2-5、ブルガリアに2-4、メキシコに0-1で敗れ、初参戦・初勝利というわけにはいきませんでした。 ほぼ全員が大人になってからホッケーを始め、平均年齢が33歳以上と、対戦国より10歳以上年輩、練習も遠征も多額の自己負担、等々、多くの苦難がありましたが、特に最後の試合では、優勝したメキシコ相手に一歩も引かない戦いで0-1と大健闘でした。 また、「競技ホッケー」という概念が存在しなかった香港において、

  1. 選抜され
  2. 一貫して専門的コーチの指導を受け
  3. 氷上練習以外のトレーニングも行なう

という、初の本格的なホッケーチームの基礎を築くことができました。個人的にも今までの経験を生かし、久々に会心のチーム作りが出来たと思います。

その後4月には男子チームのアシスタントコーチとしてルクセンブルグで行なわれる世界選手権D3に行ってきました。結果、UAEとグルジアを破りましたが、北朝鮮、ブルガリアとルクセンブルグに完敗して4位で終わりました。D3とはいえ、上位3チームはすべてプロもしくはセミプロです。このレベルですら、上位に食い込むためには、香港ホッケー界の構造を根本的に変えていかなければいけないということですね。

さて、、、人の教えるチームにならば何とでも言えても、自分の教えるチームと環境ではなかなか上手くいかないものだと再認識しつつ、「決定力をつけるには?」の追補編です。

体格、体力に続きまして、こちらも敗因の定番である「メンタル」。

日本人はメンタルが弱いと勝手に思い込みがちですが、これは万国共通に思い込まれることのようで、ゲルマン魂すさまじいドイツ国民でさえ、サッカーで負けたときにはまっさきに「我が国民はメンタルが弱かった」と言われると聞いた事があります。 かく言う私も20年近く前からメンタルタフネス理論に触れ、活用・実践してきました。

アスリートだけでなく、人生一般で、メンタルタフネスの実践が有効であることは経験的にも承知しています。しかし、重要なトーナメントなどでの敗戦の理由を簡単にメンタル面を言い切ってしまう事には非常に抵抗があります。 繰り返しますが、敗戦の言い訳に「メンタル、体力、経験」を多用するチームや個人で、技術力では他を凌駕しているんだけれど、という例はほとんどありません。

メンタルタフネス、と言う概念やメンタルトレーニング、さらには今流行のビジネスコーチングも、実際には日々の練習(仕事)やアスリート(社会人)としての目標設定、達成過程などを明確にするため、つまりは技術、戦術を高め、精度を上げるために使われるべきものであり、試合前にメンタルトレーナーの話を聞いたから強豪に勝てるわけではないのです。

もちろんゴルフのパッティングやサッカーのPK戦など、特定の分野でメンタルトレーナーを活用する事例は多数あります。例えばイングランドはサッカーWカップでの度重なるPK戦敗退を受けて、代表に精神科医を雇っています。しかしこれはあくまでも試合の特定の局面の強化策であり、チームとしては、まずPK戦に持ち込むことなく勝てる方法を探しているでしょう。

メディアに出ている範囲内しか分かりませんが、今回スマイルジャパンの予選突破の原動力の一つになったと言われるメンタルコーチングは、どちらかというと北米で言うところの「チームビルディング」という内容のように感じます。毎年トライアウトで顔ぶれが変わり、個性と自己主張で満ち溢れる北米のホッケーでは、「チームのために、みんなで頑張る」という当たり前のことを自覚させるために、けっこうな労力が必要です。ですから、ある程度のレベルの競技ホッケーチームではシーズン前もシーズン中も、チームビルディングの各種イベントや個人、グループ面談が、コーチやメンタルトレーナー主導で行なわれるのが当たり前です。

こちらも想像ですが、日本で求められるチームビルディングは、北米と異なり、年功序列に縛られない健全な自己主張や、苦境にあってもリーダーシップを発揮できる環境作りにあったのではないかと思います。

日本でも代表レベルのホッケーチームにメンタルトレーナーが帯同するようになったのは画期的なことですし、おそらくオリンピック出場権獲得に大きく貢献したと思われます。しかし、オリンピックレベル本番では、明らかに技術、戦術で圧倒され、たとえ60分間「日本のホッケー」が出来ていても、一勝するには至らなかったでしょう。メンタル面の強化やチームビルディングは非常に重要ですが、それはあくまで技術・戦術の差が少なくなってきて、あと少しの差を埋めるための一押しです。

そして、おそらく国際舞台で勝ち抜くため、日本のホッケー選手にもっとも必要なメンタリティは、日本人同士のチームで競い合っているだけではなかなか得られないかもしれません。個性ぶつかり合う海外のホッケー界(といっても国によっていろいろですが)で、真剣勝負を年間何十試合も行なう環境にトップレベルの選手が身を置けば、サッカーなどでも「ハードワークで従順だが、柔軟性や想像性、リーダーシップに欠ける」と評されてきた日本的アスリートのメンタリティの殻を破る選手が多く出てくるでしょう。

結局のところ、国際試合で勝ち抜くメンタルを育てるには、トップレベルの選手が、日々真剣勝負を出来る国に行ってプレーするか、そういう環境を国内に作るしか方法がありません。女子も男子も、オリンピックやトップディヴィジョンの常連国では、トップリーグでプレーする選手が中心になっているか、もしくは自国にトップリーグかそれに近い環境が存在しています。

もし、本当に語学、その他の文化が原因で、日本人ホッケー選手が海外に進出しにくいのであれば、逆に国内リーグのレベルを国際的なレベルに高める方法もあります。特に女子では確実に可能です。これはまた機会を改めて書きますね。

さて、追補編2が最終回になるはずなんですが、なるべく早めに書きたいと思います。

それでは。