帰ってきた『決定力をつけるには?』-序章

ご無沙汰しておりました。

今年も4月から5月にかけて帰国し、東京、八戸、軽井沢でキャンプ、ワークショップを行ないました。参加者、企画者、そしてご協力いただいた皆様、ありがとうございました!

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その後アメリカに戻り、オーストン・マシューズがドラフト一位指名となり大ブレークしたカルトスケーティングコーチ、ボリス・ドロジェンコのスケーティングキャンプでゴーリーを教えました。さらに7月にはフランソワ・アレールのチェコGKキャンプを手伝い、帰国後はJr. Coyotesのキャンプ、ノースダコタ州ファーゴでのゴーリーキャンプで指導しました。そして、カリフォルニア州ストックトンで、私の師匠の一人でもある元NHLシャークス、チャイナシャークスコーチのデレック・アイスラー氏のキャンプを手伝いました。こちらはゴーリーだけでなく、FW、DF含めた合宿形式キャンプのヘッドコーチだったので大忙しでした。バンタム(13-14歳)以上のグループ担当のヘッドコーチは昨年からNCAA D1入りしたアリゾナ州立大学のアシスタントコーチ。素晴らしいコーチ陣と仕事できて刺激になりました。8月の後半にはミネソタで再びボリスのキャンプの手伝い。このキャンプの企画者はショーン・ポディーン。ショーンも昨年私を通してボリスと出会い、すっかり信奉者になりました。そんな感じで忙しい春と夏を終え、Jr Coyotesは早くもシーズンが始まりました。

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こうして世界中でホッケーのシーズン開幕していますが、世界規模で大きなイベントと言えばホッケーワールドカップと2018年ピョンチャンオリンピック最終予選です。日本代表は世界ランキング上位のドイツ、ラトビア、オーストリアに敗れ、残念ながら出場権を逃してしまいました。旧ソ連の強豪国の一つラトビアに大接戦を演じるなど、非常に惜しい試合もあったのですが、3試合で1得点(事前の強化試合では4試合で4得点)では、現役NHLやKHL選手を擁するチーム相手に勝ち抜くことは出来ません。

やはり、日本の弱さは決定力不足なのか?

ソチオリンピックの後にも書きましたが、世界で戦うために…というか、一般論として、どのようなレベルでもホッケーチームとして成功するために、どのような方針でチーム、組織を構築していけば良いのか?決定力というキーワードから再び考えたいと思います。ボヘミアンコーチのブレーンストーミングのための妄想ですので、評論でも批評でもなく、何の影響力も持たないことを前提で、自由に気長に書かせていただくことをご了承ください。

まずは前回までの復習です。次のポストが書きあがるまで、ごゆるりとお読みください。

それでは。

決定力をつけるには?前編

決定力をつけるには?中編

決定力をつけるには?後編

決定力をつけるには?追補編1

決定力をつけるには?追補編2

 

 

恥を捨てて、世界に出よう!その2

日本から海外に出る選手が徐々に増えそうな今日この頃、良い傾向です。

って、ここまで書いといて、ホントは、アジアリーガーやスマイルジャパンがさらに上のリーグに挑戦する以外で、若年層が海外に育成環境を求める子供が増えるのは日本のホッケーにとっては良くないんですけどね。後に書きますが、本来プロ、もしくはそれに近いレベルに至るまでの育成は国内で行われる環境があるべきですし、その方が効率良く育成出来るというデータも出ています。

さて、いよいよ海外挑戦を考えた時、具体的に必要なものは何でしょうか?世界選手権などでプレーしてNHLやKHLにドラフトされたとか、NCAAチームから身分照会されてない限りは、日本人選手が海外のチームに知られている可能性はほぼないので、自分を売り込む資料が必要です。代理人を入れる場合でも、基本的な資料、つまり就職活動と同じくホッケー履歴書は自分で用意しておくべきです。

<ホッケー履歴書>

ホッケー履歴書には、まず自分のホッケー選手としての基本的情報を書きます。当然全部英語です。世界のどこでプレーする場合でも英語でOKです。

  • 名前
  • 生年月日(西暦)
  • 身長、体重(メートル法と、ヤードポンド法を併記してください)
  • ホッケーのポジション、シューティングハンド(ゴーリーはキャッチングハンド)

その次に過去から現在までシーズン毎のスタッツ(試合出場数、ゴール、アシスト、ポイント、ペナルティ時間、プラスマイナス等)所属チームの名前、大会名とともに列挙していきます。代表でプレーしている場合は、別に大会名とスタッツを列挙します。

スタッツ例

日本では世界選手権かアジアリーグプレーしない限りは国際的なスタッツがないんですが、とりあえず自分で記録を採り続けて公式スタッツの代わりにしても、無いよりはマシでしょう。スタッツを出せと言われて出せないのが一番困るので。

ちなみに世界選手権とアジアリーグを経験しているほとんどの日本人のスタッツはeurohockey.comや、eliteprospect.comに載ってますので、証拠としてリンクするのを忘れずに。世界最弱の香港女子代表監督だってこの通りです。世界大会に出るって、凄いことなんですね!

http://eurohockey.com/player/545484-hiroki-wakabayashi.html

さらにNCAAでのプレーを目指すのであれば平均評定=GPAを算出して書きましょう。これがある程度以下だと進学できません。進学出来ない場合は18-21歳でプロ転向するしかありませんが、世界選手権かアジアリーグのスタッツが無いと、海外ではちょっと難しいです。良い子のホッケー選手は将来の可能性を広げるため、勉学に励みましょう。

あとは、受賞歴、選手としての自分の特徴を正直に、かつ、極めてポジティブに書きましょう。日本人的に無駄な謙遜をする必要はありません、、、が、だからと言って盛り過ぎると、併記する推薦人(reference)の評判を下げることになりますので、注意が必要です。

Referenceとは、自分を推薦してくれる人の連絡先のことで、過去のコーチ、GMなどが代表的です。個人情報ですので、先に事情を話して許可をもらってから載せましょう。履歴書に興味を持ってくれたチームが、事前にその選手の評価を定めるために、referenceの人々に電話するのはよくあることです。私も推薦人になったことが何度もありますが、いくら過去の教え子でも、大げさに評価したり、弱点を隠す嘘を言ったり、特に人格について嘘を言うと、後々私自身のコーチとしての評価に返ってくるので、正直に答えざるを得ません。また、コーチに合わない、チームメイトと問題を起こした、親がエゲツない、などでチームを点々としていると、いつの間にか推薦人になってくれる人がいなくなります。

世の中良くも悪くも、人間関係は重要です。健全な意味で、コーチやチームメイトに好かれるプレーヤーになろうとするのは当たり前のことです。って、今更自分に言い聞かせたりして。

ホッケー履歴書の記入例は以下のサイトで勉強しましょう。

10 Steps to a Great Hockey Resume

<ハイライトビデオ>

次に用意したいのが、自分のプレーのハイライトビデオです。世界選手権かアジアリーグを経験しないで、日本からいきなりどこかの国にトライアウトに行こうと思っても、ホッケー履歴書で跳ねられる可能性が高いです。だって、日本の高校大学リーグのスタッツじゃあ比較対象がないですから。出来るだけ自分の試合のビデオを残しておいて、ハイライトビデオに編集しましょう。

ビデオの最初には、ホッケー履歴書の基本情報を入れて、後は自分のハイライトになるシーンをつなげます。レベルが違いすぎるチーム相手に大活躍、みたいなシーンばかり入れないように気をつけましょう。そんなの誰も信用しませんし、第一自分がやっているレベルが低いことを伝えてどーする?ってことです。

また、ハイライトは攻守両面をカバーするようにしましょう。コーチは派手な得点シーンだけでなく、DFは手堅い守りやシンプルなブレークアウト、FWならフォアチェックとバックチェックやDFでの守り、コーナーでの競り合い、ゴーリーならスーパーセーブだけでなく堅実なセーブ、パックハンドリングなんかも見たいものです。

長大な作品は誰も見てくれないので、10分以内にまとめるのが良いでしょう。興味を持ってくれた時点で一試合分のビデオを見てもらえるかもしれないので。

出来た作品は当然YouTubeとかにアップしましょう。YouTubeでスカウトされたって話も聞きますしね。その他、ホッケー履歴書やハイライトビデオをリンクしてスカウトされるためのサイトも幾つかあるので、登録すると良いかもしれません。

ダメだまだまだ具体的な手続きにいきませんね。この先はまた次回!

それでは。

恥を捨てて、世界に出よう!その1

日本では各地で夏合宿が盛んなころだと思いますが、香港では本格的にホッケーができるリンクが一つしかないため、多くの子供達は北米やヨーロッパまで飛んでホッケーキャンプに参加しています。香港でホッケーをするのは基本的に富裕層で、英語も問題なく話せるので、海外にはどんどん出ていきます。私の教える香港アカデミーでも過去に中国、ロシアでキャンプを行っていますが、今年はSports Eventに協力していただき、チェコのBerounでチェコ人プロコーチの指導の元2週間のキャンプを行いました。チェコの物価のおかげで、長期キャンプの割りには安価で行うことができたので、今後日本人向けの企画もしていきたいと思います。

サマーキャンプなどに飽き足らず、本格的に海外留学したい場合、北米であれば全寮制のホッケー専門学校があるので、ユースホッケーをプレーできる年齢の間は、費用はかさみますが、比較的簡単に留学することができます。

問題は、日本で高校や大学までプレーして、そこから海外に出たい、特にプロになりたいという場合です。男女問わずこのような相談を数多く受けるのですが、日本でプレーしているだけでは海外のプロの仕組みが到底理解し得ないこともあり、「とにかく海外挑戦したいけど、何から始めればいいか分からない」という人がほとんどです。

そこで、海外挑戦に必要な知識と準備について、私が知る限りの基礎を述べます。

Import=外人選手の意義

海外に挑戦したいと夢を抱く人の中には、武者修行や勉強、経験を経てレギュラーを勝ち取るみたいなイメージを持っている人も多いようです。現実には、チームが外人選手を獲得する場合、即戦力でなければほとんど意味をなしません。外人選手の獲得には、地元選手より高めの給料(アメリカのように、国内の労働者保護のために、外国人労働者の給料は高めでなければいけない場合があります)やビザの手配など、チームの負担になることも多いのです.

国産選手の枠を削ってまで獲得する外人選手は、勉強や修行などしている暇はなく、初めから確実に活躍してくれないと困るのです。修行として扱ってもらえるのは、アジアリーグのチームの若手を留学させている場合など、給料は元所属チーム持ちの条件の提携に基づく移籍、もしくは自分の給料を払ってもらえるスポンサーを連れて来られる場合のみでしょう。アジアマネーへの幻想は今でも健在なので、そこそこ通用するスキルがあって、スポンサーさえ連れてくれば、修行的扱いでプレーできる可能性は意外とあると思います。

即戦力として契約してもらえるためには、初めから自分が即戦力に成り得るという証拠を示すことが出来る材料が必要であり、日本以外でプレーしたことがない選手にとって、今のところそれを証明できる資料は、日本代表のいずれかのカテゴリーに選出されて国際大会で活躍したというスタッツ(statisticsの省略形でstats: 試合の出場数、ポイント数などのデータ)、もしくは世界的に認知されているプロリーグであるアジアリーグのスタッツだけです。世界選手権、アジアリーグではNHLやそれに次ぐリーグで活躍した選手もプレーしているため、該当の選手が相対的にどのようなレベルにあるかという指標に成り得るからです。例えばアジアリーグでトップスコアラーになっていれば、それは少なくともドイツのトップリーグか北米のECHLくらいで活躍できるはずだという目安になります。しかし、残念ながら、日本の大学リーグやインターハイは英語で公式のスタッツを発表しておらず、しかもスタッツも競技方式も国際的な条件を満たしていないため(国際的に通用するリーグ及びスタッツの条件はIIHFのbylawsで確認できます)、たとえ英訳したとしてもまともに取り合ってもらえるレベルの資料にはなりません。どんなにスキルがある選手であっても、1回戦が50対0になるような無差別級のトーナメントで得点王になった価値を、国際的に認めてくれって言うのは、どう考えても無理です。

タイムライン

次に理解しなければいけないのが、海外のプロチームが、どんなタイミングで、何歳くらいの選手を獲得したいかというタイムラインです。

まず最初のタイミングは18歳で訪れます。NHL等のドラフトが労働法との兼ね合いで18歳なのが大きな理由であり、またエリートアスリートは18歳までにプロとして自立できるべきであるという国際的な前提でもあります。18歳でドラフトされたり、プロチームにスカウトされたり、エージェントと契約するエリートアスリートは、普通15歳くらいで目を付けられていますから、15歳の時点でスカウトやエージェントの目にとまるリーグでプレーしている必要があります。ホッケー人口1000人弱のスロヴェニアからNHLのスター選手になったアンジェ・コピターなんかは13歳でスカウトの目にとまり、16歳でスウェーデンのトップリーグでプレーしています。逆に言えばどんなに上手くても基本的に高校で日本に居る限りはスカウトやエージェントの目にとまる可能性はほとんどありません。あったとしても、日本の高校生が世界でどのくらいのレベルにあるのかを示す資料がないので(英語のスタッツがない。そもそも通年のリーグがないからシーズンの資料にならない)、即獲得される可能性は低いでしょう。

でも16歳でU18の世界選手権、もしくは18歳で正代表でプレーしているくらいレベルが高いプレーヤーであれば。日本でプレーしていてもドラフトされる可能性はあります。福藤選手なんかがそうですね。

18歳のタイミングを逃すと次はいつなのかということになるのですが、、、正確に答えるのは非常に難しいです。なぜなら、日本の社会的には大学卒業になる、第二のプロデビューのタイミングが、日本以外では存在しないからです。18歳でNHLやKHLにドラフトされずとも、21歳までプロ/大学準備リーグであるジュニアホッケーを続けたり、NCAAでホッケーをしたり、ヨーロッパのリーグでプレーすることで、フリーエージェントとしてNHLと契約する選手も少なからず居ます。しかし、それらのどの選択肢も、日本でプレーして、しかも英語がしゃべれないならば、基本的に実現不可能です。

日本の大学ホッケーで4年間活躍しても、その間日本代表になって世界選手権でスタッツを残さない限りは、国際的に見れば草ホッケーと同じ扱いです。私は関東大学ホッケーリーグのレベルはおそらく世界の大学ホッケーで4番目に高いと思いますが(ヨーロッパでは大規模な大学ホッケーの文化がほとんどないのでNCAA D1、CIS、NCAA D3に次ぐはずです。)、そんな事実は国外にまったく知られていません。だって発信しないんだもん。ちなみに特にNCAA D1からNHLに1-2順目でドラフトされる選手は、普通1-2年で大学を休学してプロに転向。残りの単位はプロを続けながら、もしくはプロの後に取ることで大学卒業を果たします。日本のように新卒至上主義の一斉就職活動が存在しないので、大学に入るのも出るのも余裕を持つことができるからです。

22歳で国際的に通用するスタッツのない選手を、トライアウト(最後の1~2人を決めるのがプロのトライアウトです)から育てようとするプロチームは皆無なので、日本の大学卒業のタイミングで海外挑戦出来ないのであれば、ほとんど諦めるしかありません。しかし、アジアリーグに入れれば話は別です。アジアリーグでのスタッツは国際的に通用するので、じゅうぶんな活躍をしていれば海外移籍の可能性は残ります。ただし、アジアリーグは給与面で非常に待遇が良いリーグですので、22歳過ぎのアジアリーガーを即戦力として雇ってくれるようなレベルであれば相当の減俸必至です。いやいやお金じゃないよ!夢を追わないと!なんて言う選手が多数居れば、今頃海外組も増えているはずなので、人生そう簡単ではありません。

というわけで、私が知っている限り、日本人の海外進出の条件をまとめると、、、

  1. 16歳までに国際的に通用するスタッツの残るリーグでプレーしている。
  2. 18歳でアジアリーグデビューを果たし、U20もしくは日本正代表に選ばれる活躍をしている。
  3. 21歳までに国際的に通用するスタッツの残るリーグで大活躍している。
  4. NCAA D1、CIS、NCAA D3でレギュラーとしてプレーしている。
  5. アジアリーグでプレーしていて、技術はそこそこでもスポンサーを連れて行ける。
  6. 国際的に実績がない国の選手を売り込める、凄腕、かつ度胸のある代理人に認めてもらえるだけの能力があるが、なぜか今まで誰にもスカウトされなかった。

ということになります。次回は、いざ海外挑戦となった時、諸手続のために何が必要かということを話したいと思います。

それでは。

決定力をつけるには?追補編2

さて、、、そもそもこの連載がスタートしたきっかけとなった、「決定力」の話にやっと戻りますが、日本的なメンタリティの中で大きく改善しなければならないのが、決定力のある選手を育てるためのコーチングと選手選考の基準です。

これは私自身が海外でのコーチングに適応するために学んだことですが、一般的に日本の指導者は「点取り屋の選手を手なずけるのが苦手」であると感じます。

オープン球技の中で、点取り屋と呼ばれる選手は、どんなレベルでもチームにほんの少ししかいません。世界最高レベルの選手しかいないNHLでさえ、チームの6割のポイントは4人の選手(だいたいFW3人とDF1人)があげているという統計もあります。守りやつなぎのプレーは、ほとんどの選手が練習である程度習得することが出来ますが、得点力ほど才能の差が現れる部分はありません。

この特殊な才能を持っている選手は、時としてわがままであったり、チームプレーを好まなかったり、献身的に守備をしなかったり、コーチに反抗したり、偉そうにしてチームの中で孤立してたりします。日本でも少なからずこの傾向が見られますが、日本以外の国々では特に顕著です。はっきりいって、我が強くない点取り屋なんて存在しません。

しかし、コーチとしては、どんなにわがままで扱いにくいプレーヤーであっても、点を取れるという唯一無二の個性を生かさない限り、最終的に試合で勝つことは非常に難しいでしょう。「うちはどのラインからでも得点できるチームワークと、献身的な守備で勝負するから、ワンマンプレーのストライカーは要らない」とか「うちのチームはスピードで勝負するから、スケーティング重視で選手を選ぶ。ゴール前で点が取れるだけではフィットしない」というなら、勝負どころでの決定力の無さは最初からほぼ諦めるべきです。

私もコーチとしてのキャリアが浅いころには、我が強い点取り屋の扱いを知らず、守備中心のチームプレーにフィットしないことで衝突したりしていましたが、結局のところ点取り屋を生かせないようなチームプレーで勝てることはありませんでした。点を取るラインは、自陣ではなく相手陣内でプレーし続けて初めて意味があるのであり、彼らが自陣でのプレーに専心しているようでは最初から勝ち目がない試合だからです。これは決して点取り屋を甘やかして放任すれば良いということではなく、むしろ逆に攻撃の自由を与える代わりに、チームのために点を取る責任をチーム全員の前で説き、そして、守りが必要な場面では守る、もしくはベンチに座っていることを納得させるだけの、厳しくかつ説得力あるコーチングをする必要があるということです。同時に、点はさほど取らなくても、献身的にプレーするラインへの賞賛を忘れてはいけません。好き嫌いにかかわらず「全員で守り、取るべき人が取って勝つ」というのが、現代的なボールゲームのあり方なのですから。

さてさて、長期にわたって連載してきました「決定力をつけるには?」ですが、そろそろまとめに入ります。ここまで書いてきておいていきなり前提をひっくり返しますが、国際舞台で本当に良い成績を残したいのであれば、そもそも日本のホッケーにもっとも足りないのは「決定力」なのか?ということが、マスコミやファンの視点ではなく、試合分析のプロの視点で綿密に分析されるべきでしょう。そしてその分析を行うプロ=技術委員が登用されるべきです。技術委員による分析は、サッカーの世界では当たり前に行われていますし、ホッケー先進国でも常識でしょう。そしてその技術委員会は、次の目標(一応オリンピックですかね?)に向け、足りない技術は何か?進むべき方向性はどこか?そしていかにしてそこに達するべきか?という指針をアマチュアレベルにまで示すべきです。指針はあくまで明確に、メンタル、体力、経験、決定力なんていう曖昧な言葉を使っても結構ですが、その課題をどうやってクリアするかの具体策がなければ、言葉遊びに過ぎません。

分析結果と末端の現場での指導が連動していることも非常に重要です。例えば、本当にシュートを決める力が不足しているという結論が出たのであれば、スケーティングの時間を削ってでもシュート力とスコアリング力を向上させるべきです。1点差で負けた試合の後に100周罰走をするのではなく、1000本シュートをする方がまだ意味があるはずです。

国際舞台での経験不足を唱えるのであれば、トップ選手は武者修行ではなく、トップレベルで競り合うことが選手としての日常になるように、海外のより高いレベルのリーグでプレーするべきでしょう。男子も女子も、日本と同レベルかそれより高い国々で、トップ選手がより高いレベルの国外リーグプレーしていないのは日本だけです。

そのためには、同時に、日本国内の競技構造を世界水準にすることも重要です。これは単純に競技レベルを上げることだけでなく、より高いレベルのリーグからスカウトされる構造を作るということです。現在、日本で競技ホッケーとして世界から認知されているのはアジアリーグだけです。インカレもインターハイも、どんなにレベルが高くても、いや実際低くないレベルだと思いますが、残念ながら世界から見れば草ホッケーの大会です(だってそもそもアジアリーグ以外英語でスタッツ出ないから名前すら分からなくてスカウトも出来ないし)。ということは、アジアリーグで18歳以下の選手がプレーできない限り、NHLやらKHLのドラフト網に引っかかる選手が現れるのは、世界選手権等でうっかりスカウトされるとして、まぁ20年に一回くらいしか起こりえないわけです。これではたとえどんなに現場レベルで素晴らしいコーチングが行われ、選手が世界を夢見て日々努力していてもその先がないのは当たり前です。

いかんいかん、、、例によって決定力から大きく脱線したまま話が終わりそうですが、この続きはまたどこかで、、、

それでは。

ハイブリッドアイシング

先のIIHF年次総会で、世界選手権とその予選に適応されることが正式に決定したハイブリッドアイシング。それは何ぞや?それによってホッケーはどう変わるのか?と、気になっている方も多いかと思います。

そもそもハイブリッドアイシングはタッチアイシングに代わり、昨年からNHLで導入されています。このタッチアイシングとは、IIHFでもその昔、私がホッケーを始めたころまで残っていたルールで、センターライン前から放り込まれてゴールラインを超えたパックでも、攻撃側のプレーヤーが先に触ればアイシングにならずプレー続行となるルールでした。ですから快速ウイングが居るチームは、アイシングを避けて攻撃続行が可能だったりしたのですが、当然守備側DFとボード際まで全力でパックを取り合うことになるので、激突事故による怪我が少なからず発生し、リスクを無くすため、現行のオートマチックアイシングが登場しました。その後アイシングをしたチームの交代が認められないようになり、防戦一方の展開で、とりあえずアイシングで難を脱する作戦が使えなくなりました。

NHLとその他いくつかの北米プロ、ジュニアリーグでは長らく(なんと1937年以来!)タッチアイシングが続いていましたが、やはりパックを争いボードに激突する事故が問題になりはじめました。しかし放り込まれたパックをめぐる攻防も北米プロホッケーの大きな魅力であったため捨てがたく、折衷案として採用されたのがハイブリッドアイシングでした。

ハイブリッドアイシングでは、ダンプインされたパックに、守備側が先に触れそうならアイシング、攻撃側が先に触れそうならプレー続行となります。判断の基準はエンドゾーンの二つのフェイスオフスポットを貫く仮想ラインをどちらのプレーヤーが先に超えそうか?で決まります。ちなみに「ほぼ同時」の場合はアイシングになります。さらに、強力に打ち込まれたパックがコーナーを回って逆サイドから出てきた場合は、「攻撃側か守備側のどちらが先に触れそうだったか?」という、これまた微妙な主観で判断されるそうです。こりゃ揉めそうですね(笑)

これは、脚が速いFWなら放り込まれたパックの争いに勝てて有利、、、かもしれませんが、、、背後からDFが迫ってるので要注意です。DFはFWにわざと先に行かせて、パックを取った瞬間にチェックすることも出来るわけですから、、、具体例はこちらのビデオで解説されていますので参考にしてください。またこのビデオも英語ですが非常に分かりやすいです。

というわけで、ルール改正に伴って、特に仕事が増える世界中のラインズマンは大変になりますし、プレーヤー、コーチも適応が求められます。なにせ仮想ラインでアイシングの判断が求められるんですから、しばらく判定で混乱もあるでしょう。

が、、、

実は新ルールよりも大事なのは、レベルに応じて新ルールを導入するかどうかという判断です。さし当たり、新ルールが導入されるのはIIHF大会に限られるわけですから、各世代の代表に直接関係するレベルの大会以外では、一年間様子を見てから導入を決めても良いのです。

例えば私が教えていたアメリカのユースホッケーでは、多くの大会で「アイシングしたチームは交代できない」というルールが適用されていませんでした。なぜなら、アイシングで逃げることを禁止することにより、点を取られるまでシフトが終わらないケースが多くなり、結果として、弱いラインを使えなくなり、最終的には子供のアイスタイムに影響するからです。

チェッキングはバンタム(13-14歳)になるまでは認められていませんし、オフサイドも、タグアップありの大会と無しの大会がありました。オーバータイムのルールもまちまち、試合時間もピリオドが20分正味になるのは基本的にジュニア(16-21歳)リーグであり、18AAAの全国大会ですら17分で行なっていました。

なぜ同じホッケーで、様々なルールが存在するのか?それは年齢やレベルに合わせてルールを導入、適用することにより、「ゲームの質」を保つため、に他なりません。「ゲームの質」とは何かと言うと、例えば、IIHFでは「6点差以上がついた試合」を「ロークオリティゲーム」と定めています。6点差以上がつく試合が頻発するようでは質の低い大会とみなされますので、日本のインカレやインターハイはロークオリティの全国大会を何十年も続けていることになります。こうしてロークオリティの大会を続けて競技力を上げることは非常に難しいでしょう。

他に「ゲームの質」を決める要素は、ペナルティの数、怪我の発生件数、チーム内でのアイスタイム格差、などが考えられます。新ルールを導入するときは、それが本当にそのレベルでゲームの質を高めるために役立つのか?を慎重に検討する必要があります。ハイブリッドアイシングの導入でオフィシャルが混乱しまくったり、パックの競り合いで怪我が増えるようであれば、それはゲームの質を高めることになっていないので、導入を遅らせて、プロや高いレベルでのハイブリッドアイシングをじゅうぶんに研究してから順次導入する、もしくは見送っても良いのです。

こうしてルール、対戦方式を変えるだけで、それぞれのレベルでホッケーの質は相当上がります。例えば同じ学生だから、社会人だから、という理由で、学生からはじめたばかりのプレーヤーがほとんどのディヴィジョンをフルチェッキングルールで行なうのは明らかに危険です。日本のホッケーでフルチェッキングを導入すべきレベルは、ごく限られていると思います。試合の質の中でも、怪我のリスクを減らすことは最重要課題の一つですから、ここは妥協すべきではありません。逆にヘルメット等の色の統一とか、その他、細かい防具の規制は、そりゃできれば良いでしょうが、現実的に試合の質への影響は少ないので、高いレベルに適用するだけでじゅうぶんです。

ちなみに香港アカデミーの運営するリーグのオフィシャル責任者に、ハイブリッドアイシングの導入について訊いてみたところ、「代表選手が所属するような、ある程度レベルが高いリーグ以外で今期から導入することはないだろう。女子リーグのレベルは高くないが、代表の多くがプレーしているので、世界選手権の準備として導入することになる」とのことでした。みなさんのプレーする大会では、どうなるでしょう?

それでは。

U-15青森県アイスホッケーリーグ戦

香港に渡ってすでに1ヶ月が経過、、、ということはHLJゴールテンディングワークショップが行われたのは1ヶ月半前なのですね、、、

ワークショップでは、ゴーリーの教え方の進化の話とともに、その場を借りて、日本に本当に必要なのは競技人口でもリンクの数でもコーチのライセンスでもスポンサーシップでも更なる全日本大会でもなくAKB48とのコラボでもなく(そりゃどれもあるに越したことは無いですが)、競技資源を有効利用して正しい競技構造を確立させることだと訴えさせてもらいました。

そして競技構造改革の中核となるのが、無差別級一発勝負のトーナメントから、レベル分けしたリーグ戦に移行することであるとも述べました。これを完全に実現するためには学校単位のスポーツからクラブチーム化する大改革が不可欠です。いきなりそれが無理なら次善の策として、リーグ戦で強豪校で試合に出られていないスケーターやゴーリーを、ベンチ入り選手が少ないチームにレンタルすることによって戦力が少しでも均衡するし、試合に出られない選手を減らすことができる。さらに、リーグ戦を組むに当たってアイスタイムを捻出する必要は基本的に無く、各チームの練習・練習試合の枠を使えば良いだけである、、、、という提案もしました。

このような提案をすると、洋の東西を問わず「良い案だってことは分かるんだけど、イロイロと大人の事情があって簡単にはできない、、、各方面に筋を通してハンコを50個くらいもらう必要があるので、まぁ将来的には善処する方向で、、、来年以降の努力目標として改善を目標に検討します、、、」みたいな国会答弁となり、まぁこの先100年は変わらないのが普通なのですが、、、

やってくれました。ワークショップに参加してくれた青森県の中学校の指導者の方々が一丸となり、なんと今年から

「U-15青森県アイスホッケーリーグ戦」

をスタートしてくれることになりました!このリーグ戦は、八戸市内4つの中学生単独チームと、三沢合同チーム、八戸合同チームの6チームでホームアンドアウェー2回戦を行います。上位4チームは上位トーナメントに進出、そして下位2チームは、各チームの出場機会の少ない選手で結成された連合チームと、青森市選抜チームを加えた下位トーナメントでプレーオフを戦います。この形式なら、8-11月の週末、ほとんどすべての選手が合計12試合を戦うことができます。レンタル選手制度もあるので、登録人数が少ないチームが急造ゴーリーや6人回しなどでその場しのぎの試合をすることもありません。登録人数が多いチームも、今までベンチを暖めていた選手を貸し出すことで試合経験をつませることができます。さらに女子の登録もOKなので、試合数の少ない女子ホッケーにとって貴重な実戦の場となります。

試合形式も工夫してあり、練習時間7分、各ピリオド17分、製氷は1、2ピリ間の1回のみで、1.5時間以内に終われるように工夫してあります。オフィシャルはビジターチームが行い、ラインズマンも各チームから出すことで運営コストを抑えています。

素晴らしい!これだけ短期間に、中学生指導者が結束してここまで考えられたリーグ戦を企画するとは、、、え???おまけにHTV(八戸テレビ)までスポンサーに付けちゃったの???

いや本当に、感動します。私は無責任にアイディアをしゃべりまくっただけなのにここまで形にしてしまうとは、、、

もちろん実際に運営して成功させるにはさらなる苦労があるでしょうし、壁や課題も多くあると思います。しかし、単に大会や試合数を増やすだけでなく、少しでもチーム間のレベル差や出場できない選手を減らすという、より正しい形の運営を、前例が無い中、今年から始めることができるというのは快挙です!

「徐々に新しい運営形式に移行していければ、、、」

なんて、それこそ無責任極まりないことを大人は平気で口にするわけですが、「徐々に移行」の間に子供の可能性はどんどん失われていきます。

「正しいと分かっていながらやらないのは、勇気が無いということである」

と、孟子が言い、いつやるのかと問われたら「今でしょ!」と言うように、今変える努力が必要なのです。

もっと大事なのは、この改革は、誰の大号令も待たずに、現場の指導者たちがまとまって行なったということです。考えてみれば今まで練習試合に使っていた各チームの練習枠を提供し合うだけなので、指導者同士が子供たちのために正しいことをする意思を共有すれば、どこでも実現できることです。耳が痛いと思っているあなた、

「何かを押し付けられているように感じない教えは本当の教えではない」

と、誰かが言ってましたよ。

私も少なからず影響を与えた立場として大変嬉しいとともに、責任も感じます。数年後、青森のモデルが正しかったと言ってもらえるように、ぜひ成功して欲しいと願っています。ちなみに香港でもいろんな構造改革を任されていますので、ノウハウを蓄えていろんな国に還元できればと思っています。次は、「なぜリーグ戦なのか?」という根拠を再び掘り下げたいと思います。

それでは。

表紙案-01

世界の女子アイスホッケー (5) 番外編1

IIHFのウェブサイトにこんな記事が、、、

昨年の女子世界選手権トップデヴィジョンで、衝撃の3位入賞を果たしたスイス代表の立役者であるゴーリーFlorence Schelling。彼女はボストンにあるNCAA D1の名門Northeastern 大学で4年間プレーした後、大学に残って経済学の学位を取る傍ら(一応言っておきますが北米屈指の名門大学ですよ)、カナダ・ケベック州のモントリオールでインターンとして働き、さらにブランプトン(オンタリオ州)から、各国代表が集う女子シニアリーグの最高峰CWHLに参戦しています。ボストン、モントリオール、ブランプトンはそれぞれ1000km以上離れており、その3都市を駆け巡りながら勉強、仕事、練習、試合に励んでいるわけです。

彼女は4月にカナダで行われる世界選手権でプレーした後大学を卒業し、故郷のスイスに戻り男子のプロリーグでプレーしながらソチオリンピックに備えるそうです。

女子アイスホッケーを取り巻く厳しい環境は基本的に世界共通です。世界3位の国の正ゴーリーが、仕事、勉学と両立しながらより高いレベルでの競技を続けるために世界中を駆け回っているのです。

詳しい事情は知りませんが、これまでの彼女の道のりは、国や連盟やスポンサーが用意してくれたものでしょうか?おそらく違います。多くの助けがあったとしても、これは基本的に彼女一人で切り開いた道であり、その戦いはこの先も続きます。

世界レベルで戦うために、スポンサーや連盟の力による環境の向上も大事ですが、本当に重要なのは、選手一人一人が世界で戦う意志であり、競技しながら生きる道を模索する情熱であり、そのために必要なのは外向きのメンタリティです。

ちなみにこんなスーパー女子プレーヤーである彼女のボーイフレンドはNHL選手であることも知られており、私生活も手抜き無しです。いやはや、、、

それでは。

注:ソチオリンピック関連の記事等で当ブログの内容を二次利用される場合は、事前に若林弘紀までご連絡頂くようお願いします。

世界の女子アイスホッケー (4) 中国編

アメリカ編カナダ編ヨーロッパ編と、3回に渡り世界の女子アイスホッケー事情を紹介してきましたが、それらは基本的に競技人口を増やしながら、国内リーグや国際リーグを整備し安定した競技構造を確立して競技力向上を目指すという、正統派の方法論の下強化を進める国々の話でした。そして、世界最大、最強の国々でさえ、女子アイスホッケーのプロリーグは存在せず、代表選手達は本業や学業の傍ら競技を続けていることを紹介しました。

しかし、選手・スタッフ全員が女子アイスホッケーを事実上本業として、近年まで世界のトップクラスで戦ってきた国が唯一存在します。それは中国です。

アイスホッケー中国女子代表チームは1992年に女子世界選手権に初参戦以来、2000年代初期まで世界4-6位をキープし続けて、カナダ、アメリカに続く第二グループをフィンランド、スウェーデンと共に形成してきました。1998年の長野オリンピックではアメリカ、カナダ、フィンランドに続く第4位、2002年のソルトレークシティオリンピックでは7位、その後徐々にランクを下げ始め、2006年のトリノオリンピックは出場を逃したものの、2010年には日本代表に競り勝ってバンクーバーオリンピック出場を果たしました。その後は国家の支援体制が変わり、デヴィジョン1Bまで落ちてしまいましたが、近年日本に取って代わられるまで、アジアの女子アイスホッケーを牽引してきた存在でした。

中国女子の強化方法は他の共産主義の国々と同様、少数精鋭で徹底したエリート教育を行うものでした。2012年、中国の競技人口は若干610人で、女子はたった184人です。アイスホッケーは、近年北京などの都市圏で富裕層のスポーツとして急激に発展を遂げつつあるものの、依然として競技ホッケーの中心は東北のハルピン、チチハルにあり、男女の代表選手もほぼ全員がその二都市の出身です。

中国女子代表は一昔前までは常に旧ソ連系のコーチを招き、通年で合宿を行って強化して来たと言われますが、トリノオリンピック出場を逃した辺りから北米のコーチを招いて強化体制を変化させて来ました。私はアメリカのある女子強化キャンプで、2005-06年に中国代表を率いたRyan Stoneと共に教える機会があり、彼から中国代表の貴重な内幕を聞くことが出来ました。

Ryan曰く、

「中国の女子の競技ホッケーの正式なチームはほんの数チームしかない。代表の下部組織となる体育学校を卒業した時点で、代表チームに入るかどうか振り分けられ、代表になった時点で彼女たちはホッケーが仕事になり、朝から晩まで一年中ホッケー選手としてトレーニングすることになる。休暇は1年に1週間程度しかなく、全員が合宿所で共同生活をし、トレーニングをする。代表には15歳から29歳までの選手がいるが、いわゆる学校の一般的な教育は行われず、1日2~3回の氷上練習と陸上トレーニング、ミーティングが彼女たちの仕事になる。ミーティングでは毎回の練習をノートに書き写したかどうかが厳しくチェックされる、、、」

そして、選手とスタッフが暮らす代表選手の合宿所は、、、逃げられないように外から施錠されていたとのこと、、、それを知ったRyanが焦って

「そんなことして火事でも起きたらどーするんだ?」と、責任者に訊くと

「それは、、、その時考える」

と答えたとか、、、ヒエーッ!

うーん、まさに社会主義的選手育成方法です。そりゃ少数精鋭で強くなるわけです。しかし、練習量は十分すぎるとしても、実戦経験はどうするんだと思ったら、それは中国国内の男子(高校生くらい)のトーナメントに出場したり、中国男子代表のOBチームと試合を繰り返していたようです。

さらに、Ryanが率いた年には、チームごと1ヶ月間フィンランドに遠征して、フィンランドのトップリーグのチームと転戦したとのこと。その後中心選手数人はフィンランドに留まってシーズン終了までプレーしたそうです。

さらにカナダ人のSteve Carlyleに率いられた2007-08年には代表チームはカナダ・アルバータ州に渡り、セミプロリーグWestern Women’s Hockey Leagueに参戦しました。トリノオリンピック出場を逃した後、外国人監督を招き、代表チームごと他国の最強リーグに送り込んで実戦経験を積ませるという大胆な強化策はバンクーバーオリンピックに返り咲くことで実を結びました。

しかし、先に述べたように、その後中国女子代表は低迷。男子代表も一時期は女子と同様の強化体制で日本と良い勝負をしていた時代もありますが、今や韓国にも抜き去られてしまっています。中国はサッカー女子代表も一時期世界のトップグループでしたが、その後低迷しています。共産主義的な強化体制の下では、対費用効果の高い個人競技の強化が優先されています。20人を強化してもメダル一つにしかカウントされない競技は、国際的な普及度が低く、トップグループで競り合えるうちは強化資金が出ても、他国の競技力が上がりメダルに手が届かなくなってきた時点で見切りを付けられたのかも知れません。

競技人口が少なくまともなプロリーグが存在しないマイナースポーツでは、少数精鋭で集中的に投資して強化した方が、底辺拡大して大きな競技ピラミッドを構築するよりも短期間で効果が出やすいとことは、共産主義国家のスポーツの歴史で証明されています。また、アメリカのNTDP代表育成プログラムもU17、U18の通年代表を編成しているという点では似たような方法論を取り入れており、ここでも近年抜群の効果が上がっています。

しかし、やはりある程度の普及や育成プログラム(feeder program)を作らないと、長期的な成功に導くことは難しく、国家や企業のスポンサーが手を引いてしまった時点で、その競技の発展がなくなり、終焉に向かいます。

その国の経済力や競技施設のインフラに見合った競技人口を維持し続け、効果的な育成が出来る競技構造を構築し、その頂点にはしっかりと投資して強化する、、、言うのは簡単ですが、多くの人の理解とサポートが必要であり、非常に難しい課題です。

昨年IIHFの理事会で、アジア代表の副会長として香港のThomas Wu氏が選出されました。彼のアジアのアイスホッケー発展ビジョンの中心には中国アイスホッケーの再興とビジネス化があると聞いています。また、欧米のホッケービジネスは、新たなマーケットとして中国に注目していることも間違いありません。低迷する中国女子代表が再び輝くときが訪れるのでしょうか?

それにしても中国代表選手達、一般的な教育も受けずに育って、引退後はどうなるのかと思ったら、

「男子も女子も、代表選手は引退後警察での仕事が保証されている」

とのことです、、、うーん、ホッケーが上手かった時点で将来は警察官なんですね、、、ただし近年では代表を努めた選手には奨学金を出してレベルの高い大学に進学させたり、ホッケーコーチとして香港に派遣させたりするなど、それなりの「ご褒美」も出すようになっているようです。

そして、Ryanがハルピンで代表を教えていた頃、私は日光バックスのコーチをしており、遠征でハルピンに来ていました、、、なんとその試合(対ハルピン戦)をRyanはスタンドから観ていたらしく、

「なんかねー、、、速いんだけどパスレシーブが雑で、あまり上手いホッケーではなかった」

との感想が記されていました、、、そうですか、、、スミマセン(汗)

それでは。

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世界の女子アイスホッケー (3) ヨーロッパ編

その昔、私が筑波大学に行っていた頃、、、たまに大阪の実家に帰って来てなじみの散髪屋さんに行く度に、散髪屋のおばちゃんに、

「若林君はあれか、東京の大学行ってるんやろ?」

と、言われたものです。そしてその度に、

「いや、筑波大は茨城県やから!」

と、突っ込んでもなお、帰り際には、

「東京の暮らしは大変やと思うけど頑張りや!」

と、励まして貰ったものです。おばちゃんにとって「関東の辺りはだいたい全部東京」であったように、私たちは全ての海外事情はだいたい「向こうのこと」であり、具体的にはだいたい「欧米のこと」をイメージして語っているようです。かく言う私も、その昔、無謀にもホッケーコーチとして世界に出て勝負してみようと思いついたとき、「向こうに行けば、何とかなる。ホッケーといえばカナダだから、とりあえずカナダとか!」と、極めて単純に行き先を決めたものです。それで本当に行けてしまったのが幸運だったのか運の尽きだったのかは未だに分かりませんが、実際カナダでコーチとして仕事を始めて、実は自分は「向こうのこと」についてあまりにも知らなかったことを思い知らされました。

「カナダのホッケーは、ダンプ&チェイスでフィジカルに行って、とにかくシュート打ちまくる」

なんていうステレオタイプは、もちろん正しい場合もあるのですが、カナダは広く、地域によってもプレースタイルが異なります。さらに星の数ほど居る優秀なコーチ達はそれぞれの理想とするホッケーを掲げて日々戦っていますから、それこそコーチの数だけスタイルは存在します。それはアメリカでも同様でした。私はヨーロッパのホッケーに関しての知見はまだまだ不足していますが、少なくとも今まで訪れた国々のホッケーはそれぞれ特徴的で、簡単に「日本人に合っているのはヨーロッパスタイル」なんて標榜するのは不可能だと感じています。

世界の女子アイスホッケー (1) アメリカ編(2) カナダ編と、「さすが向こうでは女子ホッケーの環境が全然違う!日本は少ない競技人口で選手がバイトしながら、、、」と、特にアメリカ編では誰もが納得できるほど贅沢な環境を紹介しましたが、実は北米以外の「向こう」の環境は大違いです。

1990年に第1回女子アイスホッケーの世界選手権から2000年まで10年にわたり、カナダ、アメリカ、フィンランドの順位は不変でした。その間唯一の例外は、1998年に初採用となった長野オリンピックで下馬評を覆してアメリカが優勝した事件だけでした。また、4番手と5番手はスウェーデンと中国というのが定番でした。

2001年に、男子ではホッケー超大国であったロシアがついに初めて3位に食い込み、2005年にはスウェーデンが3位になり、翌年のトリノオリンピックではなんとスウェーデンが準決勝でアメリカを破り準優勝に輝き、2007年にも世界選手権で再び3位になるなど、躍進を果たしました。

その後2008-11年まではフィンランドが再浮上してスウェーデンとの3位争いを制していたのですが、昨年ついにスイスがフィンランドを破り世界3位となりました。またチェコがトップリーグに昇格して、男子と同様カナダ、アメリカ、ロシア、フィンランド、スウェーデン、チェコのビッグ6と呼ばれるホッケー超大国が女子のトップデヴィジョンに揃いました。

以上、女子ホッケーの歴史を紐解くと、プロが存在しない女子ホッケーでは、競技人口と、大学での育成環境が突出した北米二国がトップを独走し、フィンランド、スウェーデンの北欧二国が長く3位争いを続けてきたことが分かります。

フィンランド、スウェーデンの女子リーグはカナダのCWHL同様、セミプロもしくはアマチュアに近い環境であり、スポンサーからの補助で運営するものの、ホッケー漬けの生活を送れるわけではなく、給料は出ません。両リーグともに2-3名の外国人選手枠があり、NCAA D1などでプレーを終えた選手や、ヨーロッパ各国のトップ選手がプレーする場となっていますが、交通費や生活費の補助、教育や就職の斡旋などは行うものの、報酬はないようです。

北欧二カ国に続くスイス、ドイツ、ロシア、オーストリア、イタリア、イギリス、チェコなども基本的な環境は変わらず、自国の選手はアマチュアとして勉強や仕事をしながらプレーしています。外国人助っ人は交通費や生活費の補助の他、チームから紹介されたアルバイト的な仕事、例えば少年ホッケーチームの指導補助や、ホームステイ先の子守などで生計を立てられるようにしているチームもあります。さらにロシアなどで潤沢なスポンサーを持つチームは、外国人選手にそれなりの給料が支払われる場合もあるようで、この場合チームとしてはプロでなくても選手は一部プロということになります。

また、日本と共に最終予選を勝ち抜いたドイツ女子代表では、軍がスポーツをサポートする制度があり、中心選手たちは軍から給与を貰いながら競技に集中できるようです。しかし、女子トップリーグのほとんどのチームは週一回の練習しか出来ず、しかも1/3面しか使えないときもあるということですので、恵まれていない競技環境は日本の女子だけではありません。ちなみに競技人口は世界3位のフィンランドが約4,000人で、その次のスウェーデンが約3,500人、続いて日本が約2,700人ですので、北米二カ国を除けば大差ないということです。

このように、ヨーロッパの女子ホッケー全般に、潤沢なスポンサーが付き、選手がホッケーだけに専念できるような環境はほとんどなく、選手は仕事や学校に勤しみながら、週2-3回の練習と試合をこなしています。

おそらく日本と大きく違うのは女子ホッケーの競技構造がある程度確立しており、国内外でのリーグ戦が多く組まれていることでしょう。各国国内リーグでは差が付く試合もあるようですが、国際リーグであるElite Women’s Hockey League (ラトビア、オーストリア、イタリア、ハンガリーが参戦)やEuropean Women’s Champions Cup(欧州各国の国内チャンピオンチームが参戦)では接戦が多く、何よりも世界選手権やオリンピック予選に通じる国際経験を積む場として機能しています。

しかし、やはり近年ヨーロッパ各国女子ホッケー選手のトップ選手が目指すのはやはりアメリカNCAA D1もしくはD3であり、NCAAを終えた各国のトップ選手が集うのは、やはり北米のCWHLとなっています。ヨーロッパ各国のリーグは、NCAA D1の経験を持つが代表クラスとまではいかなかったアメリカ、カナダ人選手が助っ人としてやってくる場になりつつあります。この辺は男子のNHLとヨーロッパ各国リーグの図式と近くなってきていますね。

3回に渡り、私が調べた限りの世界の女子アイスホッケー事情を紹介しました。アメリカNCAA D1が世界最高の競技環境であることは明白ですが、その後の女子ホッケー選手の競技キャリアを支えていけるようなプロのリーグは世界に存在しません。ヨーロッパのリーグで助っ人して活躍する限られたプロ選手以外は、ほとんどの国の代表選手が仕事を持ち、学校に行きながらオリンピックを目指しています。

現実的に、NCAA D1のような競技環境を望むのは無理がありますが、かつての日本女子サッカーLリーグに世界のトップレベル選手が集ったように、セミプロ的でも生きていけるリーグがあれば世界のタレントが集まり、レベルの高いリーグで国内選手を育成することもできるでしょう。もちろんLリーグが消滅してなでしこリーグに生まれ変わる過程もじゅうぶん参考にする必要もありますが、そのなでしこも、結局競技レベルを上げるために再び国際化が求められています。

このまま北米圧倒的優位の時代が続くのか?それとも女子リーグのセミプロ化を成し遂げ、第三の勢力となる国が現れるのか?これもKHLあたりがスッと手を伸ばして実現しちゃいそうですが、日本も工夫次第でじゅうぶんチャンスはあると思います。オリンピック出場が決まったばかりですが、私は今後4年間の方がはるかに楽しみですね。

それでは。

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世界の女子アイスホッケー (2) カナダ編

まずはコメントへの返信から。

ICEMANさん>

まぁ、、、アメリカの大学ホッケーというか大学スポーツ全般があまりにも巨大なビジネスとして成り立っているので、ちょっとやそっとで追いつける代物ではありません。プロが存在する競技ならまだしも、女子ホッケーのように実質的なプロがない分野では特に顕著です。しかし、実はアメリカと、カナダ以外の国々では、日本も含めて女子ホッケーの環境はあまり変わりません。日本で一時期盛んだった実業団スポーツのような形式にプロ的な運営を取り入れて、セミプロとしてでも食っていける仕組みを作れば世界のトップ4に食い込む余地は十分あると思いますよ。

さて、アメリカが世界最高の女子ホッケーリーグをもつ一方、カナダは女子代表の実力で世界最強です。過去4回のオリンピックでは、長野でアメリカに惜敗したものの、その後3連覇中、世界選手権でも1990年以来14回中10回優勝。しかし追うアメリカは2005年の初優勝以降4回世界の頂点に立ち(その間カナダは2回)、さらに2008年から新設されたU18世界選手権ではアメリカ3回、カナダ2回優勝ですので、今後実力逆転の可能性も十分感じさせます。

ホッケーの母国カナダは617,107人と、圧倒的な競技人口を誇り(2位はアメリカで511,178人)、女子の競技人口も86,675人とダントツです(2位アメリカ66,692人)。全体の競技人口第3位がチェコの95,090人で、女子3位がフィンランドの3,945人ですので、男女ともに北米の競技人口がいかに世界で突出しているか分かります(世界のホッケー人口の3分の2が北米に偏在)。ちなみに日本は競技人口19,975人で世界9位、女子は2,720人で世界5位ですので、数だけ見れば意外とホッケー大国です。(以上 IIHF 2012 Survey of Players より

さて、カナダの女子ユースホッケーがアメリカ以上に盛んなのは説明するまでもないことですが、18歳までのユースホッケーを終えると、トップレベルの選手はアメリカの大学ホッケーにごっそりと流出します。ですから、ほとんどのカナダ女子代表選手はNCAA D1所属か、卒業生で占められています。カナダにもアメリカNCAAに相当するCISという大学スポーツ組織が存在し、スポーツ奨学金の制度もあるのですが、やはり大学そのもののレベルや資金・環境面などでアメリカに対抗できるはずはなく、CISでプレーする代表選手は非常に限られています。せっかくユースホッケーで育てたタレントがライバル国に流出し、大学リーグのレベルを最高に高めてしまうわけですから、カナダとしては歯がゆいことかも知れませんが、あ、これはNHLも似たような図式ですね。

とはいえ、CISのレベルも決して低いわけではなく、ドイツ、ノルウェーの現役代表選手、日本の元代表選手(桐渕絵理:Carlton University)等もプレーしていて、NCAA D1の中堅から下位の力を保っています。

さて、アメリカ編でも書いたように、世界の女子ホッケーの直面する最大の課題はNCAA D1という世界最高峰リーグでプレーした後、代表選手達が高いレベルでプレーをし続ける環境が不足しているということです。社会人になった後もできるだけプロに近い環境で、トップレベルのホッケーを続けられるように、北米では女子のセミプロリーグが過去に何回も創設されていますが、いずれも十分な成功を得られないまま消滅しています。

現在もカナダとアメリカの一部の都市で、大学卒業後のエリート選手の受け皿としてCWHL(Canadian Women’s Hockey League) が運営されています。カナダ、アメリカその他の国々の代表選手が集うこのリーグですが、セミプロと謳うものの運営費以外は基本的に選手の自腹で、用具も選手自身が購入しているようです。NHLチームとの部分的提携などもされているようですが、チームに年間$30,000じゃあねぇ、、、

ではカナダのトップレベル社会人選手達がどうやって生きているかというと、、、ほとんどがフルタイムの仕事をしながら週数回の練習と遠征でホッケーを続けているのが現状です。JOC強化指定選手同様、Meghan Agostaのようにトップクラスの代表選手はカナダのオリンピック委員会から強化費を支給されているようですが「アパート代にもならないくらい」だそうで、NIKEからのスポンサー料、ホッケーキャンプでの指導料などで生計を立てているそうです。このような環境は、アメリカのトップレベル社会人選手であっても同様です。まぁもちろん合宿費に自己負担金があるなんてことはないですが。女子ホッケー界で完全なプロとして生きるためには、現時点ではNCAAかCISのコーチになるしかありません。

というわけで、北米では、圧倒的な競技人口を背景に数多くのタレントが生み出され、NCAAという世界最高リーグのプロ並みの環境でプレーし、世界の女子アイスホッケー界をリードしていますが、その他の女子団体球技と同様に、大学卒業後にトップレベルの選手が競技に専念して生活していけるプロの環境はなく、代表選手ですら仕事をしながらプレーを続けています。つまり、日本の女子の環境とそれほど差があるわけではありません。もちろん就業形態がかなり異なるので、日々の練習や遠征に時間を取りやすいという差はあると思われますが。

次回はヨーロッパ編です。

それでは。

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